文豪「ヘンリー・ミラー」最後の妻「ホキ徳田」が振り返る“42歳差婚” 「最後にもう少し話しておけば」

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 わいせつと表現の自由との関係が世に問われた事件では、1951年の「チャタレイ事件」が名高いが、『北回帰線』などで知られる米作家ヘンリー・ミラーもまた、その著作が問題視され、55年に警視庁の摘発を受けていた。女性遍歴を重ねた彼の「8番目の妻」だったジャズ歌手のホキ徳田さん(87)が、ありし日の文豪を振り返る。

(「週刊新潮」創刊65周年企画「65年目の証言者」より)

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 ミラーが著した自伝的小説『セクサス』は、54年12月に小社(新潮社)から刊行された。が、複数個所の描写がわいせつにあたるとして、警視庁保安課と東京地検が摘発に乗り出す。55年3月14日、小社と印刷会社、製本会社の3カ所に家宅捜索が入ったのだった。

 その模様を伝える3月14日付「毎日新聞」夕刊には、こうある。

〈同書は米国で発禁処分となっているが、昨年12月同社(注・小社)から大久保康雄氏の訳で初版1万4992部が出版され、現在2版5千部を印刷中だった。露骨な場面の描写はほとんど英語で原文のままだが、そのなかの32カ所が取締りの対象となった〉

 記事はまた、当時の小社社長の、

〈こちらではあくまで文芸作品とみている〉

 との談話を載せる一方で、

〈翻訳されたのを拾い読みした程度だが、処分されるのは当然だと思う〉

 当時の国会図書館長のこうした意見や、

〈一般的に“チャタレイ夫人の恋人”よりもはるかにワイセツ性が濃厚だ〉

 といった東京地検刑事部の見解も併記されている。

 生涯で「5度の結婚」「8人の妻」という艶福の遍歴で知られるミラーは、こうした騒動をどう捉えていたのか。67年、当時75歳の彼と結婚し“最後の妻”となったホキさんに尋ねると、

「私が一緒になった頃はもう、わいせつの件について何か言うのは聞いたことがなかったけれど、覚えたての日本語を面白がって使っていましたよ。女性器を意味する4文字を、私に向かって“グッドモーニング、〇〇〇〇”というふうに。でも、私と体の関係はなかったの。42歳も離れていたし、結婚の時、彼のかかりつけの医者から“行為に耐えられる身体じゃない。心臓が止まるかも”とくぎを刺されていたからね」

『北回帰線』の中に…

 二人の出会いはロサンゼルス。偶然が重なったかに見えるものの“運命的なつながり”も感じたという。

「カナダにピアノ留学していた私は、エンタテインメントの本場で活躍したいと思い、64年にロスへ渡りました。ヘンリーと出会ったのは、その数日後。私は山の上にある日本食の高級レストランで、弾き語りの仕事にありついたのです」

 その日、共通の知人が“日本人の新しい子がいる”と、ミラーに声をかけて連れてきてくれたのだという。

「ヘンリーは当時、フランス出身の作家アナイス・ニンに思いを寄せていて、私に言い寄ってきたのは“俺はこんな東洋の子と付き合っているんだ”という当てつけだった。アナイスも当時、モンゴル出身の男と付き合っていたから。彼との最初のデートでも私は着物を着せられ、わざわざロスのシルバーレイクにあったアナイスの大きな家に立ち寄らされたから、見え見えでしたよ」

 その後、ミラーは連日、ホキさんに手紙を書くなど、熱烈に口説いてきたという。

「その頃には現地の新聞に“ヘンリーが日本人の女の子と……”というゴシップ記事が出始め、彼のファンが騒ぎ出しました。というのも、代表作である『北回帰線』の中には“去年の11月14日のぼくの夢はどうだったか”というセンテンスが登場するの。11月14日って私の誕生日なんですよ。だから“ホキとの出会いは予言されていた”なんて話題になったのね」

 それでも、二人で一緒に住んだのはわずか3年ほど。78年には離婚する。

「最初からアナイスの当て馬だったし、“寝なきゃいけないなら結婚しない”という条件で一緒になったけれど、彼はコスモロジカルアイ、宇宙的視座のある人でした。宇宙から見たら地球上の出来事なんてちっぽけでくだらない。それをあざ笑うように書くのです。そうした視点を持つ作家は珍しくて、私はそんなところが大好きでした」

 ミラーは80年6月、心不全で世を去った。

「最後に会ったのはその直前。私が開いたロスの『参番館』というバーに来てくれたのです。“いい感じの店だね”って褒めてくれたけれど、すでに体のあちこちが悪く、すぐに帰ってしまった。もっと話しておけばよかった……。それが悔やまれてね」

 彼の描いた絵の前で、そう振り返るのだった。

週刊新潮 2021年2月18日号掲載

特別記念ワイド「65年目の証言者」第2弾 より

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