冬場の「風呂での急死」8割は溺死だった! 「41度以下、10分以内」の入浴が安全

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体温が上昇して…

 前回は生存者の心電図や頭部CT検査で脳血管・心疾患の痕跡がほとんど見られなかったことからヒートショックの可能性を否定したが、血圧の値からもその可能性は乏しいことがわかる。

 生存者である3065人の血圧を調べると、大半が100~140mmHgの範囲に収まる正常血圧だったのだ。生存者で収縮期血圧が200mmHgを超えた人は8%未満で、80mmHg以下の人も3%未満。血圧の急変動が命に関わる主要因である可能性は低い。

 また、これまで指摘されてきたように「温度差が危ない」のなら、露天風呂のような場所での事故が多くなるはずだが、4593件の入浴事故のうち、銭湯や温泉を含む「公衆浴場」での入浴による死亡事故の発生はわずか71件だった。

 そして入浴事故で助かった人の症状をみると、69%に「脱力感」が、48%に「意識障害」がみられた。そのほかの「呼吸困難」4%、「めまい」1%、「胸痛」1%などはわずかである。

 救急医療の場で「脱力感」の見極めは難しいが、「意識障害」はJCS(ジャパン・コーマ・スケール)で評価できる。大きく3段階――(1)刺激しないでも意識清明、(2)痛みや呼びかけの刺激で覚醒、(3)刺激をしても覚醒しない、に分けられる。そして血圧と意識レベルには相関がなかったが、強い相関があったのが「生存者の体温」だった。

「体温が高い人ほど意識障害のレベルが悪い、つまり(3)の比率が高かったのです。しかも体温は、救急隊が駆けつけた現場で測ったものですので、かなり実態に近いといえるでしょう。119番要請して生存した3065人のうち救急隊の救助を必要とした人、言い換えると『軽症』ではない人は935人。その半数以上は“37度以上の体温”と、冬場にしては明らかに高かったのです」

 生存者の30%は38度以上の熱で、中には40度を超える人もいた。

「熱中症の中には、体温が上がって意識障害になる熱射病、脱力や倦怠感が起こる熱疲労、血圧が低下して意識を失う熱失神があります。入浴事故で助かった人の症状の多くがこの熱中症の症状と一致しています」(鈴木医師)

 調査は10月から3月に行われているが、怪我以外の体調不良は12月~2月の冬に増加している。そして冬の中でも1日の最低気温が低いほど、入浴事故による死者数が増えることが浮かびあがった。

 鈴木医師によると「東京23区は数式『y=8.38×2.38-0.07x』で表せる」という。xは1日の最低気温で、yが死者数。

「最低気温が10度を下回ると死者が増え始め、さらに5度になると東京23区であれば1日に5・9人、0度では8・4人が死亡すると推計されます。反対に、最低気温が20度を超えれば、同地域で1日2人の死者が出るかどうか、というくらいの頻度です」

 入浴中の急死は日本特有の現象であり、米国や英国、ドイツ、フランスなどの他の先進国では見られない。その原因は、寒い時期は“熱い湯に長く”つかる日本式入浴習慣にあるらしい。

「日本式入浴習慣によって古典的熱中症を発症していると考えられます」

 そう語るのは、熱中症に詳しい帝京大学病院高度救命救急センター長の三宅康史医師である。

「熱中症には、元気な人が気温が高い中でスポーツや仕事によって体調不良に陥る『労作性熱中症』と、熱波に包まれた環境で過ごすことによる『古典的熱中症』があります。熱い風呂に入っていると、浴槽の中で体が熱をもらって古典的熱中症が起こる恐れがある。熱い湯から受けた熱によって血管が拡張して、血液が体表近くに滞留する。その結果、脳にいく血流が減って、ぼーっとなってやがて意識がなくなって溺れる、というパターンです」

 最新の解析では、急死の大部分で水の吸入が確認されている。死者1528人のうち、8割近くの1207人が浴槽の水に顔が沈んだ状態であった。

 つまり熱中症になっての溺死なのだ。

湯温は41度以下に

 これには地域差がある。

 実は鈴木医師らが調査を実施した東京都、山形県、佐賀県のうち、東京都は119番要請を受けた半数近くの患者が医療機関に運ばれていなかった。救急隊員が死後の硬直や死斑、腐敗などによって明らかな「死亡」を確認したケースが他の二つの地域より多かったのだという。

 鈴木医師は「単身世帯の高齢者が多いからではないか」と考えている。

「東京都では、独居で孤立した人たちが多く、発見が遅れるのではないかと考えています。入浴すると最初は『気持ちがいい』、体温が上昇して徐々に『暑い』、やがて『苦しい』と時間の経過とともに体への負荷が増していくはずですが、高齢者は暑さに対する感覚が鈍く、気づいた時にはすでに体温が上がって熱中症を発症している可能性が高い。気持ちがいいと感じたまま意識レベルが低下する、あるいは脱力して、風呂から出られない状態に陥って溺れてしまうのでしょう」

 そのため、入浴事故の一番の予防法は、「一人で入らないこと」と、鈴木医師は提案する。

「一人暮らしでご高齢の方は、公衆浴場を利用するといいのではないでしょうか。公衆浴場での入浴事故発生件数が少ないのは、“人の目”があり、具合の悪い人がいれば周囲が気づいて助け出されている可能性が高いと思います」

 入浴時間と湯温によって、どの程度体温が上昇するかをシミュレーションした研究では、42度のお湯に10分つかれば、36度だった体温が38度近くに、20分つかれば39度まで上がる。これを根拠に消費者庁は「湯温41度以下、湯につかる時間は10分迄」と呼びかけている。

 それが守れれば安全だが、「そんな入浴法では温まらない」と思う人もいるだろう。特に寒い家に住む人の体温(舌下温)と深部体温は低い傾向にある。体の芯まで冷えているのだ。慶應義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授の調査では、普段過ごす「居間」と「脱衣所」の両方が18度以上でないと、熱い湯に長く入るという危ない入浴習慣を選びがちだと報告されている。

「体の中心部が冷えると、交感神経が優位となって常に緊張状態。熱い湯に長く入ることでようやくリラックスできる。居間は暖房器具を使用し、脱衣所にはホームセンターなどで数千円で購入できるパネルヒーターを24時間使用する暮らし方を試してください」

 脱衣所でパネルヒーターを使用すると、続く廊下の寒さが少し和らぐという。

 冷えや低体温を改善するには「まず足を温めるといい」と、鈴木医師がアドバイスする。

「足は心臓から最も遠く、床に接しているので、熱が奪われやすい。服を着たままで足湯をし、血流を良くしてから入浴すれば、短時間で済むと思います」

「短時間で済ませる」こと以外にも注意しなければならない点が二つある。一つは「飲酒後の入浴」だ。再び三宅医師の話。

「アルコールは体内で熱に変わり、体温を上げ、さらに血管拡張も起こす。言ってみれば熱中症に近い状態です。そこで風呂に入ることは、熱中症にかかっているような人を、さらに熱い環境に置くほどのリスクがあります」

 酒を飲んで顔が赤くなっているような時はすでに「血管拡張」が起きているため、入浴によってさらなる血管拡張が促されると、血圧がぐっと下がって失神する恐れもあるという。

 またもう一つの注意点は、高齢者が一人で入浴する際、「長湯でないか、周囲が気にかけること」と、三宅医師。発見の遅れが、入浴事故の重症化や死に直結するのは間違いない。

 湯温41度以下で10分以内が安全な入浴法。そのほか飲酒後は避ける、高齢者は家族に声をかけて入るか、一人暮らしなら公衆浴場を利用する。最低気温が低い日は、これらの注意点を一層心がけよう。「冬の熱中症」発症にくれぐれもお気をつけを。

笹井恵里子(ささいえりこ)
ジャーナリスト。1978年生まれ。「サンデー毎日」の記者を経て、フリーに。医療や衣食住の生活分野を中心に執筆活動を続ける。著書に『救急車が来なくなる日』『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』など。

週刊新潮 2021年2月4日号掲載

特集「やはり風呂場の急死は『ヒートショック』ではなかった! 死亡者の8割が『溺死』の理由」より

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