「すい臓がん」を“老化”させる? 新たな治療法を発見、実用化の可能性は

ライフ 2021年01月25日

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 コロナで4千人が亡くなり、日本中を恐怖が覆っているが、こちらの死者数は年間3万人超。しかも罹患数と死者数に大きな差はない「死に至る病」である。日進月歩のがん治療の中でも最後の難関、すい臓がん。その「老衰死」を試みる治療法は、福音となるか。

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 昨年12月は女剣劇スターの浅香光代、11月には「釣りキチ三平」で知られる漫画家の矢口高雄。一昨年では、女優の八千草薫。最近、「すい臓がん」に斃(たお)れた著名人である。

 もう少し遡れば、プロ野球の星野仙一、大相撲の千代の富士、あるいは、アップル創業者のスティーブ・ジョブズ……。いずれも数多の敵に打ち勝ってきた“強者(つわもの)”であるが、この病には勝てなかった。

 すい臓がんが「がんの王様」と言われる所以は数字に明らかだ。最新の5年生存率は11・1%。つまり10人に1人しか生き残れない。すべてのがんの平均の68・6%と比べれば、如何に恐ろしいかわかるであろう。「早期発見」に当たるステージIでも47・5%、ステージIVでは実に1・8%。年間4万人が罹患するが、3万5千人が死亡する、発見された瞬間、覚悟を迫られる病なのである。

 日夜、研究が重ねられているが、昨年10月、その希望となるか、ある研究結果がプレスリリースされた。

〈膵臓がんを老化させる新たな治療法を発見〉

「発見」したのは、東京都健康長寿医療センターの石渡俊行・研究部長以下、佐々木紀彦研究員らのメンバー。カリフォルニア大学との共同チームである。

「私は25年間、すい臓がんについて研究してきましたが……」

 と述べるのは、石渡研究部長その人である。

「当初の5年生存率は3%、今は11%。たった8%しか上がっていないのです」

 すい臓は鳩尾(みぞおち)のやや下、胃の背中側にあるが、周囲を臓器に囲まれていて、検査がしにくい。初期症状もほとんどなく、進んでも特有の症状が表れにくく、早期発見が困難である。その上、他のがんに比べ、抗がん剤治療や放射線治療の効果も大きくない。

「手術のみが有効な治療法なのですが、早期発見が困難な上に進行が速く、転移も頻繁。発見されても2割しか手術できないのです」

 そこで、石渡部長らが注目したのは、抗がん剤でも、放射線治療でもない、新たなアプローチ。

 キーワードは「老化」であるが、以下、石渡部長の説明に従って、その方法を辿ってみることにしよう。

グローブを壊す

 石渡部長は現在59歳。川崎医科大学を卒業後、日本医科大学でがんの研究を始め、医学博士号を取得しカリフォルニア大学に留学。帰国後、日医大で助手、講師、准教授を務め、2016年、健康長寿医療センターに移る。ここは、がんの研究と老化の研究が共同でできる日本で唯一の施設ということだ。

 その石渡部長のチームが注目したのは、「FGFR4(エフジーエフレセプターフォー)」という「受容体」の存在であった。受容体とは、ごくごく簡単に言えば、細胞膜の表面にあり、外から来たがんの増殖因子と結合し、細胞増殖に必要な信号を細胞核に送る装置である。

「野球のグローブをイメージしていただくとわかりやすいと思います」

 と、石渡部長。

「外から来たがん細胞の増殖因子というボールをキャッチし、その信号を細胞の中枢へと送り込む。この働きによって、がん細胞がどんどん増殖していくのです」

 人体にとっては、実に厄介な装置である。これがあるからこそ、がん細胞が身体中に広がり、やがてヒトを死に至らしめるわけである。であるならば、このグローブを壊し、ボールを受け取れないようにしてしまえばがんの増殖を止めることができる。石渡部長が取り組んだのは、そうしたアプローチであった。

「FGFR4は、受容体の中でも、すい臓がんについて多く現れる受容体で、すい臓がんに侵された細胞のうち、半分程度に見られるものです。しかも、腫瘍が大きく、ステージが進んでいる患者さんに発現している傾向にあるとわかった。他方で正常細胞には発現しない。それゆえ、この機能を抑制し、すい臓がんの進行を止めることをまず考えたのです」

 そうして取り組んだのが、「FGFR4阻害剤」の研究である。

「『BLU9931』という小分子化合物があり、これは、FGFR4の機能を低下させる役割を持つ。細胞を増殖させる信号経路を阻害するのです。実際、FGFR4が発現したすい臓がんにこの阻害剤を投与したところ、がん細胞の増殖は低減しました」

 また、それに加えて、

「がん細胞が基底膜を通過しにくくなった。がんが周囲の器官に広がっていくことを『浸潤』と呼びますが、それも阻害されることがわかったのです」

 がんの増殖と広がりを止めた、この取り組み。その結果がまとまったのが、2015年のこと。発表は話題になり、アメリカ有数のすい臓がん患者支援団体「PanCAN」の日本支部が主催する「PanCAN Basic Research Award」を受賞したのである。

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