「トランプ現象」はバイデン時代も続く――宮家邦彦(内閣官房参与)【佐藤優の頂上対決】

ビジネス 週刊新潮 2021年1月14日号掲載

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 コロナ禍が続く中、1月20日に民主党のジョー・バイデン氏が第46代アメリカ大統領に就任する。これからアメリカはどう変わるのか。分断された社会はどのように修復されるのか。そして外交では路線を変更し、積極的に諸外国への関与を再び深めていくのか。2021年の世界を概観する。

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佐藤 トランプ大統領の「不正選挙」闘争も潰え、いよいよバイデン大統領が誕生します。

宮家 2016年の大統領選では予想を外してしまったので、今回は相当慎重に考えて「わからない」と発言してきました。実際、ほんとうに予想がつかなかったですね。

佐藤 みなさん、「わからない」が、率直なところだったと思います。

宮家 結局、ここぞという時に民主主義が機能するのがアメリカなんですね。問題ある大統領は選挙で代えていく。ウォーターゲート事件で政治不信が広がった後には、カーター大統領が誕生しましたし、イラク戦争で勝ちはしたものの経済が立ち行かなくなると、ブッシュ大統領からクリントン大統領に代わった。

佐藤 今回も含め、それぞれ共和党から民主党政権への移行ですね。

宮家 要するに節目節目で、北部の理想主義が勝ってきたということです。トランプ政権がずっと続いたら、アメリカはバナナ・リパブリック(多数の貧困労働者と少数の支配者からなる政情不安な国)になってしまう。今回、そうはならない、ということを示したわけです。ただトランプ現象が消えたかといえば、そうではない。

佐藤 私もそう思います。選挙報道だと、勝敗の地図が州単位で出てきますね。共和党を赤く塗り、民主党を青くする。あれが間違いのもとだと思います。都市ごとに見ていくと相当違って見えてきます。そして全体的としては、赤と青が混じり合ったモザイクになり、紫色です。

宮家 おっしゃる通りで、少し近づいて見れば、大都市は真っ青で、郊外は真っ赤です。その間がまだらになっている。

佐藤 かなり入り組んでいますよ。

宮家 それに加えて、トランプ大統領が前回を超える七千数百万票を獲得したのは、かなりマイノリティの票が増えているからなんですね。

佐藤 ひと昔前のように、マイノリティが民主党支持かといえば、そうではなくなっている。

宮家 多くの票が共和党に流れています。その理由を考えてみると、アメリカは移民社会で、マイノリティはみんな移民です。その移民の中で一番新しい移民を最も差別するのは誰かというと――。

佐藤 その直前に来た移民たちですね。

宮家 その通りです。彼らの生活を最も脅かすのは、次に入ってくる新しい移民たちです。だから彼らが一番、新参者に厳しい。

佐藤 メキシコとの国境に壁を作ることを歓迎しているのは、不法移民を含め、すでに入ってきてしまった人たちということですね。

宮家 トランプは仕事がなくなった白人たちだけではなく、彼らにも訴えかけるものがあった。

佐藤 白人票だけでは、あれだけの接戦になりませんから。そこがトランプの強さです。

宮家 驚いたのは、選挙後、共和党議員300名ほどにインタビューしたら、トランプが負けたと公言する人が29人しかいないというんですよ。もう共和党が乗っ取られてしまっている。

佐藤 古き良き共和党はなくなってしまったわけですね。

宮家 アメリカの保守主義は多種多様で、伝統的な南部の保守もあれば、宗教保守もあるし、倫理保守も反共保守もある。だいたい1970年代までは民主党の中にも保守派がいたんです。特に南部はそうでした。それを1980年代にすべて共和党が持っていってしまった。

佐藤 レーガン大統領の時代ですね。

宮家 「レーガン・デモクラッツ」と言いますが、数多くある保守グループが保守合同し、まとまった。ところがソ連が崩壊して、その絆が解けていくわけです。それで共和党がおかしくなり始めた。共和党政権下で、イラクで戦争をやりアフガニスタンでも戦って、ネオコンが台頭しました。でも戦争で疲弊してクレディビリティ(信頼性)を失います。その後にティーパーティーや小さな政府を主張するグループが出てきて共和党改革をしようとしますが、うまくいかない。そこに現れたのがトランプでした。

佐藤 弱った企業に強面(こわもて)の総会屋が乗り込んできて、言いなりにさせてしまったような状態なのでしょう。

宮家 現役の議員たちは2024年の大統領選挙の予備選を考えなければなりませんから、負けてもトランプ派を無視できない。

佐藤 本人も出るつもりでいる。

宮家 つまり2016年にトランプさんを当選に導いた白人至上主義、大衆迎合主義、排外主義、差別主義といったダークサイドは、いまも残ったままです。アメリカ社会の分断は建国前からありますが、穏健な保守派と現実的なリベラル派がいなくなり、両極化が進んでしまった。共和党のみならず、これからは民主党でもリベラル政治家の劣化が進むと思います。

佐藤 民主党の場合は、やはりアイデンティティの政治から抜け出せないでしょう。黒人でイスラム教徒で性的にストレートとか、アイルランド系でゲイとか、支持層が細分化されていて、その中でお互いがいがみ合っている。

宮家 バイデン次期大統領も年齢を考えると、1期しかやれないでしょうし、民主党も内部からどんどん壊れていくと思います。ですからトランプ大統領が退場したからといって、アメリカが健全な方向に向かうわけではない。

佐藤 アメリカ社会の分断は止まらない。

宮家 怖いのは、トランプ大統領よりも若くてスマートで、ほんとうは差別主義者なのに、それを微塵も感じさせない指導者が出てきた時です。あるいは、若くて頭のいいバーニー・サンダースが出てきても怖い。

佐藤 その可能性はあるでしょう。

宮家 また、トランプ大統領の白人至上主義的な思考は、ヨーロッパでも根強い。トランプ政権誕生の立役者で、当選後に一時、首席戦略官も務めたスティーブ・バノン氏は退任した後、イタリアやベルギーなどヨーロッパに渡って、現地の右派ポピュリストたちを結集させようとしました。

佐藤 ブレグジットもありますし、排外主義はいまも無視できない潮流です。

外交政策は変わらない

佐藤 アメリカの外交政策はどうなるとお考えですか。

宮家 バイデン次期大統領は「America is back」と言いましたが、私は「Washington is back」だと思っています。つまり我々が慣れ親しんできた、アイビーリーグや有名大学を出て、学者になったりシンクタンクに行ったり、あるいは議員のスタッフや役所で仕事をしてきた、政治首都ワシントンで生きる人たちが表舞台に戻ってくる。

佐藤 トランプ大統領が追放しようとした人たちですね。

宮家 彼は「ディープ・ステイト(影の国家)」と呼んで、ワシントンをかなり破壊しました。ただ、幸いなことに1期で終わった。だからいま民主党のワシントニアンがどんどん戻ってきている。それが国務長官になるアントニー・ブリンケン氏であり、国家安全保障担当補佐官に任命されるジェイク・サリバン氏です。その意味ではオーソドックスな外交となる。

佐藤 国際協調ではあるけども、アメリカがリーダーシップを取る。

宮家 だからサプライズはない。手強くて古くてイヤーなアメリカに戻ると思います。気候変動問題や人権問題はトランプ政権の政策から転換するでしょうが、その他では大きな変化はないでしょう。

佐藤 対中政策も変わらない。

宮家 中国に対する厳しい姿勢は、オバマ政権の2期目にもう始まっていたと私は見ています。つまり民主党に代わったからといって、転換するものではない。

佐藤 昨年7月にヒューストンの中国総領事館を閉鎖させた時、「ウォール・ストリート・ジャーナル」は社説で、これをトランプ大統領の選挙対策と考えたら間違いだ、中国が脅威であることはバイデン候補にとっても同じだと書きました。

宮家 関与によって中国を変化させられるという幻想は終わりました。我々日本側としては当たり前のことで、オバマ政権時代から何度も「中国が問題なのが、どうしてわからないのか」と言って無視されてきました。そうした中国の脅威を意図的に軽んじる人たちが一掃されたのは、トランプ大統領の功績かもしれない。

佐藤 それに米中貿易戦争でトランプ大統領は、ハードルを高めに設定しましたから、それを下げることでディール(取引)もできます。

宮家 これからも東アジアを「自由で開かれたインド太平洋」と呼ぶかどうかは別にして、アメリカにインド太平洋という発想は昔からあり、ずっと重視してきました。第7艦隊は前からインド・パシフィック・フリート(艦隊)です。さらに言えば、バーレーンにある第5艦隊も、エネルギー資源のない東アジア諸国のシーレーンを守っている。

佐藤 中東政策はどうなりますか。私はトランプ外交の最大の業績は中東だと思います。

宮家 良きにつけ、悪しきにつけ、そう言えますね。

佐藤 一つは米国大使館をテルアビブからエルサレムに移したこと。もう一つはイスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーン、スーダン、モロッコの国交を正常化させました。あれでパレスチナの弱体化がはっきり見えてしまった。アラブ諸国はパレスチナ問題を解決しない限り、イスラエルと国交を結ばないと言ってきたわけですから。

宮家 さらにゴラン高原をイスラエル領と認めてしまいました。ここは国連決議でイスラエルの支配が無効とされた場所です。

佐藤 これらは、アメリカとイスラエルの共通の敵であるイラン対策でもあります。

宮家 よく、バイデン大統領になったら中東政策は転換されるのですか、とも聞かれるのですが、戻すわけがないですよ。

佐藤 そうでしょうね。ある意味では、アメリカの総意です。

宮家 それに、バイデン政権の外交を支えているのはユダヤ系エリートが多いのです。これは隠然たる支配とか陰謀論ではなくて、彼らが非常に優秀なアメリカ人だからそこにいるわけです。さればイスラエルに不利なことを意図的にやるはずがない。

佐藤 そもそもいままでやりたくてもできなかったことをトランプ大統領が実現させたわけでしょう。その点では感謝しているかもしれない。

宮家 その通りです。ではトランプ大統領になぜそんなことができたかといえば、アラブ諸国がパレスチナを見捨てたからです。

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