「トランプ現象」はバイデン時代も続く――宮家邦彦(内閣官房参与)【佐藤優の頂上対決】

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菅政権は堅実な外交

佐藤 宮家さんは菅政権で外交担当の内閣官房参与に就任されましたが、日本の外交はどうなりますか。

宮家 政治家は、ビジョンで突っ走るタイプと、現実主義でできるところからやっていくタイプに分けられるといいますが、それに倣えば安倍さんは前者で菅さんは後者です。もうビジョンは安倍さんが出している。過去15年くらいに東アジアの国際安全保障環境が大きく変わり、日本のとるべき道は限られていた。そこを安倍さんはしっかり見極めて外交を行い、幸いにも成功しました。その安倍外交の仕上げをするのが菅政権で、非常に堅実な外交になると思います。

佐藤 まずベトナムとインドネシアを訪問し、インド・太平洋の一国として、この地域を重視していることを印象づけました。いいスタートだったと思います。

宮家 菅総理の外交経験の乏しさを不安視する人もいますが、私は外交の8割は内政だと考えています。ある国とディールしようとなった時、一番反対するのは国内の人たちです。外国を説得するより国内の利害関係者を納得させるほうが大変です。

佐藤 北方領土問題も同じで、まず国内のさまざまな意見をまとめなければならない。

宮家 安倍外交7年数カ月のうち、外交の8割が内政なら、菅総理はそのほとんどに関わっています。官房長官でしたし、国家安全保障会議の4大臣(総理、官房長官、外相、防衛相)会合にも全部出ています。ですから情報は充分に入っている。派手さもけれん味もないかもしれませんが、菅総理は非常にプラクティカルに、現実主義的に外交を行っていくと思います。

佐藤 11月に中国の王毅外相が来日しました。菅総理と会談した前日、外相会談後の記者会見で、王毅外相は「日本の偽装漁船が繰り返し敏感な海域に入っている」と、尖閣諸島の領有を前提にした発言をして物議を醸しました。

宮家 王毅外相は言わなきゃいけないことを言っただけですよ。

佐藤 それが彼の仕事ですからね。

宮家 その一方で、中国が日本に秋波を送ってきているのも確かです。でも中国については、同盟国アメリカの方向性が決まっていますから、日本の取るべき道もはっきりしている。中国から見れば、日中関係は米中関係の従属変数です。米中が悪くなれば、当然、日米関係に楔(くさび)を打つべく日本にすり寄ってきます。ただそれはあくまで「戦術的」な譲歩で、「戦略的」な譲歩ではない。

佐藤 それはロシアについても言えることです。

宮家 中国が戦略的譲歩をする気はないと弁(わきま)えた上で、限られたレベルの関係改善をしておく。それが我々のすべきことです。

佐藤 何か仕掛けてきませんか。

宮家 新政権ができると、中国は必ず何かテストをして反応をうかがってくるものですが、王毅発言もテストだったかもしれないですね。恐らくはバイデン大統領にも何かテストをすると思います。かつて中国の戦闘機がアメリカ海軍の偵察機にぶつかって、海南島に不時着させたことがあったでしょう。

佐藤 2001年のブッシュ政権の時ですね。

宮家 1月に政権が誕生して、事件が起きたのは4月1日です。これなどは一つのテストですよ。

佐藤 だいたい3月、4月くらいがテストの時期になる。

宮家 3月だとまだ次官補が決まっていませんから。

佐藤 実務を取り仕切る人たちがいない。

宮家 だからその時期を狙って、恐らくは台湾がある南シナ海周辺で何か動きがあると思います。

日韓関係は改善しない

佐藤 中国は香港に続き、建国100年の2049年までに台湾を統一すると宣言しています。

宮家 台湾有事は、日本有事になります。その戦闘は中国大陸の東側と台湾だけで収まるはずがありません。当然、周辺を包囲して進めることになる。そうすると、台湾から120キロしか離れていない与那国島の領空と領海は必ず侵犯されます。さらに言えば、沖縄の米軍をそのままにして、台湾を攻めることはできません。だから中国が賢ければ、そんな愚かなことをするはずがない。

佐藤 逆に言えば、台湾有事を抑止する仕掛けが作ってある。

宮家 そうです。中国はイケイケドンドンで、習近平主席も確かに強いリーダーではありますが、私はものすごくディフェンシブ(防御的)だと思っているんですよ。

佐藤 どういうことですか。

宮家 習主席と同い年の私からすると、彼は「中国株式会社」の2代目だと思っているのではないかなと。先代のトウ小平さんが改革開放を行い、韜光養晦(とうこうようかい)(才能を隠して力を蓄える)で、頭を低くして国際社会に出ていくと言ったけれども、それで結局どうなったのか、共産党はおかしくなっていないか、実は傾いているじゃないか、と思っている。そこで習近平主席は共産党の力を結集し、引き締めることにした。いま体制を守るには、力で抑えるしかないという信念を強く感じます。

佐藤 フルシチョフの後のブレジネフみたいなものですね。

宮家 そうかもしれない。

佐藤 では、韓国はどうですか。

宮家 日韓関係は非常に難しい。まず韓国の外交政策がすっかり変わってしまいました。冷戦時代の日米韓三国反共同盟は終わり、韓国は李氏朝鮮時代のバランス外交に戻ったと見るべきでしょう。

佐藤 中国は国際関係の現状を変更しようとする勢力になっています。

宮家 歴史的経緯から、韓国は一番強い国の冊封関係に入ることが自分たちを守る最適な方法だと考えている。私に言わせれば、バランスを取ることは外交ではないのですが、中国がこれだけ大きくなって北朝鮮も核を持っている、そんな時代にいまさら米韓同盟じゃないだろうと考えるのは不思議ではない。

佐藤 文在寅政権だから、というわけではないのですね。

宮家 韓国の政治を担っているのは、386世代(1990年代に30代で、1980年代の民主化運動に参加し、1960年代生まれ)です。日本の70年代の安保世代と同じで、民主化運動を体験した世代は、どちらかと言えば左でリベラルです。韓国ではその世代がいま50代ですから、あと20年は現役です。

佐藤 つまり文在寅大統領のような人が次々と出てくる。

宮家 だから日韓関係も改善しません。もっと悪くなるかもしれない。もう韓国を反共同盟に結びつけておくことは無理です。せめて中国側に行きすぎないようにすることが日本のできる最善の策だと思いますね。

宮家邦彦(みやけくにひこ) 内閣官房参与
1953年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒。78年外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館1等書記官、中近東第1課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官を歴任。2006~07年総理公邸連絡調整官。09年よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年10月に菅政権の内閣官房参与に就任した。

週刊新潮 2021年1月14日号掲載

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