老化を促進する「糖化ストレス」とは 「巣ごもり」「在宅ワーク」でリスク増大!

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 やれ「5つの小」だ、やれマスク会食だと、箸(はし)の上げ下ろしまでお上に指示されるこのご時世。ストレスは溜まる一方である。それは何も精神的なものに限らない。知らず知らずのうちに、我々は新たなストレスを溜め込んでいるのだった。その名も「糖化ストレス」。

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 私たちは現在、「ニューノーマル」での生活を余儀なくされています。

 在宅ワーク、巣ごもりによる運動不足、食生活の変化、さまざまなストレスがもとで引き起こされる睡眠不足……。新型コロナウイルスの感染拡大によって、これまでの暮らしは一変しました。

 こうした状況とは上手に付き合っていくしかないわけですが、気を付けていただきたいのは、今、列挙したニューノーマルの生活様式は、いずれも「糖化ストレス」を増大させる要因だということです。糖化とは、すなわち老化を意味します。つまりこのコロナ禍で、私たちは老けやすくなっているのです。

 そこで重要になってくるのが糖化ストレスの軽減。老いの原因となる糖化をコントロールすることが、老化防止につながるからです。とはいえ、活性酸素などによる「酸化」ならイメージできるが「糖化」とは何なのか、ピンとこないという方も多いのではないでしょうか。しかし、糖化は決して難しい話ではありません。酸化が「身体の錆び」だとすれば、糖化は「身体のこげ」だと思ってください。そしてその糖化は、皆さんが普段からよく目にしている現象なのです。それは例えばトンカツです。

 トンカツを揚げる時のことを想像してみてください。お肉に小麦粉をつけ、溶き卵にくぐらせ、パン粉をつけて、高温の油で揚げる。こげる一歩手前の、香ばしくこんがりとキツネ色になったトンカツの出来上がりです。この「キツネ色化」こそが糖化なのです。

 熱を加えることにより、糖とたんぱく質が結びついて変性する。これが「キツネ色化」の正体で、発見したフランスの化学者の名前から「メイラード反応」と呼ばれています。ホットケーキや北京ダック、鰻の蒲焼きのこげ茶色も、メイラード反応によるものです。この反応は摂氏154度程度の高温調理下で急速に進むと言われていますが、実は常温でもゆっくりと進行しています。

 発酵食品を例に考えてみます。味噌や醤油は、熟成に時間をかければかけるほど、色が深く濃くなっていきます。昔は廻船で遠方に味噌を輸送する間に、白味噌が赤味噌に、薄口醤油が濃口醤油に変わっていったそうですが、このように食文化においては、人類は糖化を上手く利用してきました。しかしその糖化が体内で起こると、いろいろな不都合が生じてしまうことになります。

 人間の身体の約16%はたんぱく質で出来ています。脳や内臓、神経を含め、人体のあらゆる部位を作る上でたんぱく質は欠くことができません。

 一方、人間にはエネルギー源である糖も必要不可欠です。つまり、私たちの身体は常にたんぱく質と糖が共存する状態にあります。

 適度に糖を摂取し、それを代謝している分には問題はありません。しかし、代謝しきれない余分な糖が体内に貯蔵された場合どうなるか。人間は36度前後の体温を持っています。この体温によって、16%のたんぱく質と余分な糖が温められると……。そう、糖化が始まります。

 こうして糖化が開始されると、たんぱく質と糖は最終的に「AGEs」という物質に変性します。「糖化最終生成物」と呼ばれる悪玉物質ですが、この物質が「こげ」をもたらすのです。分かりやすい例で言うと、肌の色がくすむなどの褐色化が進むことになります。

 糖化が進み、AGEsが溜まっていくと、組織が硬くなったり、機能の劣化をもたらし、身体にさまざまな疾患を引き起こすことにつながります。

 肌で言うと、くすみだけでなく張りが奪われ、いわゆる「老け顔」になってしまう。また骨の3分の1はたんぱく質で出来ており、AGEsが骨に溜まれば骨粗鬆症の原因となり、血管壁に蓄積すると動脈硬化につながる。より糖化が進めば、糖尿病となり、神経障害や網膜症、腎症などの合併症のリスクも高まっていきます。

 さらに糖化は脳にも影響を与えると指摘されています。以前から、糖尿病患者は、そうでない人と比べると若い頃から認知機能の低下が見られると言われていました。アルツハイマー型認知症の患者は、そうでない人の約3倍のAGEsが脳内に蓄積しているというデータもあります。認知症は「脳の糖尿病」と呼ばれることもあるほどで、糖化は認知症リスクも高めるのです。

食後30分から1時間後に…

 このように、私たちは常日頃、糖化ストレスに晒されているわけですが、コロナ禍の今、そのストレスは増大しています。

 例えば巣ごもりによる運動不足によって、糖をエネルギーとして消費する機会が減り、糖化は促進されています。これから寒い季節になり、コロナ感染が拡大すれば、皆さんますます外出を控えるようになって、糖化リスクがさらに増すことが予想されます。

 また、食生活の変化も見逃せません。今年5月の食品支出額を見てみると、麺類や生鮮肉、卵、酒類などが前年同月比で20%以上上昇しています。外食や宴会の自粛の憂さを晴らそうと、皆さん、自宅でつい糖質や脂質を過剰に摂取するようになっているのではないでしょうか。

 さらに、コロナ禍によるライフスタイルの変化に伴い、精神的なストレスが増大することで睡眠不足を訴える方も増えています。就寝時、つまり安静状態を司る副交感神経はインスリンの分泌を促し、血糖値を下げてくれます。しかし、寝不足によってインスリンの分泌が滞ると、血糖値は下がりにくくなり、AGEsの生成が増進してしまうのです。

 こうして糖化ストレスが高まっている現状だからこそ、私たちには今まで以上に「糖化ケア」が求められていると言えます。

 では、どのように糖化ケアを行えばいいのか。それにはまず、血糖値を適度にコントロールすることが必要となります。

 私たちは食事をすることで血糖値を上げ、インスリンの分泌で血糖値を下げるということを繰り返していますが、特に気を付けなければならないのは、食後に起きる「血糖値スパイク」と呼ばれる血糖値の急激な上昇です。食後の血糖値のピークを低くし、高血糖の時間をいかに短くするか。そこに気を配らなければなりません。

 ここで重要になってくるのが運動です。アメリカの研究では、食後30分から1時間ほど経った後、すなわち血糖値が最も高くなっている頃に軽い運動をすると、血糖値が下がり始めるのが早くなることが確認されています。食後30分から1時間というのは、ちょうど眠くなる時間帯ですが、その時に掃除やゴミ出しなど、簡単なことでもいいので3分間身体を動かしてみてください。

 糖の70%は筋肉で消費されますので、スクワットをして大腿四頭筋、腕立て伏せをして上腕二頭筋を動かすのもいいでしょう。また、自宅内の階段を上り下りしたり、マンションにお住まいなのであれば、エレベーターを使わずに外に出て帰ってくる。できれば、ウォーキングやジョギングといった有酸素運動をするのがお勧めです。

トンカツより豚しゃぶ

 もうひとつ重要なのが食べる順番です。「ベジタブル・ファースト」と呼ばれる食べ方をするのがいいでしょう。ご飯やお肉、魚からではなく、まず野菜から口に入れる。これによって、野菜に含まれる不溶性食物繊維が、後から食べる糖質が小腸で吸収されるのを遅らせ、食後の高血糖を抑えてくれるのです。

 野菜の代わりに柑橘系のジュースやお酢でも、一定程度の効果があることが私たちの研究では分かっています。

 さらに効果的なのは、食事の前にプレーンヨーグルトを食べることです。つまりは「ヨーグルト・ファースト」です。ヨーグルトに含まれるたんぱく質には、血糖値を下げるインスリンの分泌を促す作用があります。

 また、ヨーグルトに含まれる乳酸は食べたものが胃から小腸に移動する時間を遅延する働きがある。結果として、小腸での糖の吸収がゆっくりと行われ、血糖値スパイクを抑えてくれるのです。たんぱく質と乳酸のダブルの働きで血糖値の上昇をコントロールしてくれるヨーグルト。私自身、ヨーグルト・ファーストを毎日実践しています。

 もちろん食事量も大事です。巣ごもりで間食が増えて過食となったり、ファストフードの利用増加によって糖質の摂取が過剰になることは避けなければなりませんし、お酒の摂取も控えめにすることを心掛けたいところです。お酒をたくさん飲むと、アルコールを分解する過程で、二日酔いの原因物質でもあるアセトアルデヒドが溜まります。このアセトアルデヒドとたんぱく質が結合することによっても、AGEsが生成されることが分かっています。

 調理方法も糖質ケアにつながります。高温であればあるほど、また油が多ければ多いほどAGEsは出来やすくなります。したがって、一番AGEsが少なくて済むのは「茹でる」で、次は「蒸す」、その次は「焼く」、そして一番AGEsが多くなるのは「揚げる」です。糖質ケアに注意するのであれば、揚げるトンカツは控えて、茹でる豚しゃぶのほうがいいでしょう。

 なお、身体の“糖化度”は専用の機器を使って測定することができます。体内で生成・蓄積したAGEsは特定の紫外線を当てると特有の蛍光を発します。

 その仕組みを利用して腕や指でAGEsの量を測るセンサーが各社で開発されています。機器の値段は1台30万円から150万円程度のものまで。個人では手が届かないという方であっても、アンチエイジングや健康フェアなどのイベント、美容クリニックなどで手軽に測ることができます。

 身体のこげであるAGEsは、一度体内で生成されてしまうとなかなか体外に排出されません。今年の冬は、身体をこがさないためにも例年以上に「火の元」の管理が必要となるでしょう。

八木雅之(やぎまさゆき) 同志社大学生命医科学部 糖化ストレス研究センター教授
1959年、京都生まれ。89年、京都府立大学大学院博士課程修了(農学博士)。健康食品などの検査開発メーカーを経て、2011年から現職。「糖化は老化」をモットーに抗糖化に関する研究や普及活動を行っている。『老けない人の食習慣』(辰巳出版)などの監修を担当。

週刊新潮 2020年12月10日号掲載

特集「人災のコロナ危機! 『巣ごもり』『在宅ワーク』でリスク急上昇! 我々の体を蝕む『糖化ストレス』」より

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