大統領選で混乱の米国に日本が言ってはならないこと 思い出す28年前の“宮沢発言”

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 11月3日の投票日を前に米国の大統領選挙が異様な盛り上がりを見せている。

 10月26日時点で期日前投票を済ませた有権者が6000万人を超え、今回の大統領選の投票者は約1億5000万人と有権者全体の65%に達し、投票率は1908年の大統領選以降で最高となる見込みである(10月27日付ロイター)。

 今回の大統領選挙に関心が高まるのは当然である。現在の米国の状況は、1918年のスペイン風邪や1929年の世界恐慌、さらには1960年代の米公民権運動が同時に発生したようなもので、「国難」と言っても過言ではない。

 新型コロナウイルスで世界最悪の感染者数と死者数を出していることで、米国の政治システムに対する自信と余裕が失われ、覇権国としての圧倒的な優位性や優越感が崩れつつあるとの認識が高まりつつある。

 今回の大統領選挙が従来にも増して過熱するあまり、「選挙後の混乱が制御不能になるのではないか」との懸念も強まっている。

 制度面から言えば、今回飛躍的に増大している郵便投票の集計が、混乱の要素になることは間違いないだろう。トランプ大統領は「郵便投票は不正の温床である」と早くも予防線を張っており、選挙当日は双方の候補が敗北宣言をしない可能性があり、選挙結果がいつになったら確定するのか見通せなくなってしまうかもしれない。

 銃社会である米国で、国民の行動の抑制が効かなくなってきているのも心配である。

 ロイターの最新調査によれば、米大統領選でトランプ大統領とバイデン前副大統領の支持者の双方で4割強が「自分が推す候補が敗北した場合、選挙結果を受け入れない」ことがわかった。2割は「抗議運動に暴力が伴ったとしてもかまわない」と回答している。

「武装した極右グループが大統領選当日に投票所を監視する計画を立てている」との報道がある一方で、バイデン候補が落選となれば、アンティファなどの極左集団が実力行使に出る可能性も排除できない。

 米国国土安全保障省は10月27日、「具体的証拠はない」とした上で、「いずれかの大統領候補が勝利した際の大規模な抗議行動に備えている」ことを明らかにした。

 日本では「大統領選でバイデン氏が勝てば、トランプ政権のポピュリズム時代が終わり、従来の米国が戻ってくる」との期待があるが、バイデン政権が誕生すれば、保守層が反発することは確実である。「白人の米国」と「多様性の米国」に分断した構図は、長期にわたり続く可能性が高い。広い領土を統治してきた米国の政治システムは、今や制度疲労に苦しんでおり、最悪の場合には第2次南北戦争が起こるかもしれない。米国は、1776年の独立、1865年の南北戦争に次ぐ、第3の試練の時を迎えているのである。

 米国社会が深刻な「分断」の危機に直面すれば、日本が悪影響を被るのは「火を見る」より明らかである。尖閣諸島の問題を始め中国からの「侵略」に対応するため、日本は以前にも増して米国を頼らざるを得ない状況にある。

 日本の経済状況からすれば、これからも米国と連携しながら、隣国である中国とは貿易・投資などの面で恩恵に浴したいというのが本音である。しかし、このような虫の良い状態をいつまで続けられるのだろうか。

「バイデン政権になれば対中政策は融和的になる」との指摘もあるが、バイデン候補が述べる外交政策も、トランプ政権と同様に「インド太平洋地域における中国との地政学的な闘争」が中心である。大統領選挙の結果にかかわらず、日本は「どっちつかず」な態度を取ることは許されなくなっており、ハンドリングを誤れば、現在の韓国のような「股裂け」状態に陥ってしまうだろう。

 だが筆者が最も恐れているのは、日本国内で落ち目の米国に対して「侮蔑的な発言」が喧伝される事態になることである。

 思い起こされるのは1992年当時の宮沢総理の失言事件である。1992年の予算委員会で宮沢総理は、米国社会が「ものづくり」よりも「マネーゲーム」ばかりに精を入れている状況について、「米国の労働の倫理観に疑問を感じる」と発言した。日本のメディアが宮沢発言を「米国人は怠け者」と表現したため、米国のメディアが一斉に「米国人は『怠け者』だと日本の総理大臣が国会で発言した」と報道し、日米間の外交問題に発展したという経緯がある。騒動の背景には、日本製の自動車や電気製品が集中豪雨的に米国に輸出されるなど貿易摩擦が最大の懸案となっており、「日本経済は20世紀末までに米国経済を追い越す」との予測が出るなどまさに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という時代認識があった。米国では猛烈なジャパン・バッシングが起こり、「もう一度原爆を投下しないと日本人は反省しない」と恐ろしいことを主張する上院議員まで現れた。

 日本を占領した連合軍総司令官マッカーサーが1951年5月、米国上院軍事委員会と外交関係委員会の合同公聴会で「日本人は12歳の子どもであり、我々が教育しなければならない」と証言したように、米国の政治システムは長年日本の民主政治の手本とされてきた。だがその混迷ぶりを前に日本では最近「米国人の民度は低い。政治システム自体もおかしい」との論調が出てきているのは気になるところである。

 米国がどのような状態になっても当分の間、日本が安全保障面で米国に依存する現実に変わりはない。危機に陥っても必ず復活するのは米国の歴史が示すところである。短期的な状況に「一喜一憂」することなく、米国が困っているときこそ日本はベストパートナーを目指すべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月2日掲載

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