なぜライターはディスられるのか 「おれでもなれる」コメントへのアンサー(中川淳一郎)

国内 社会 週刊新潮 2020年10月15日号掲載

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 ライターってバカにされますね~。以前の私の当連載が「『外でもマスク』『ナゾの22時閉店』なぜ日本人はこんなにバカなのか…」のタイトルでネットに配信されたところ、某ツイッターユーザーが「こんな文章で原稿料が貰えるんなら俺でもライターに成れそう」と書いたのです。

 大学生のようですが、よくもしゃーしゃーと言ってくれたな。自分がやったことがない職業に対しては敬意を持て、と教わったことがないのか。私がカチンときたのは「こんな文章で原稿料が貰える」部分ではない。そんなことは日々、ヤフーニュースのコメント欄にいくらでも書かれてますし、それは「批評」であり、文句はありません。問題は「俺でもライターに成れそう」の部分です。これって全ライターを侮辱する軽口なんですよ。

 若きライターたちは、署名原稿を書ける日を夢見て、日々編集者の下働きをします。たかだか400文字の商品紹介記事でも雑誌に載ったら嬉しい。そして、ついにある会社の部長のインタビューが「取材・文/中川淳一郎」と初めて載った28歳の夏。でも、それでスポットライトを浴びることはなく、「お前が取ってきたこのコメント、つまらないから別の人に代えておいて」なんて相変わらず言われる。あんたがこの人に取材するよう命令したんだろ!と反論できるわけもなく、その識者に謝罪し、急遽新たな人をブッキングしたりする。

 こんなことを日々やってきて嗚呼、苦節19年、ついにオレも週刊東洋経済から「アーリーリタイアについて2500文字で書いてください!」とオファーが来たよ、おかっつぁん!と感涙にむせんでいたら「俺でもライターに成れそう」ときた。

 この手のディスをする人って、“文字は小学生の時から書いているし、毎日メールやLINEで文章を書いているから、ライターなんて誰にでもできる”と考えているのでしょうね。そしてこんなラクな行為で中川の如き凡人が自分の名を前面に出してカネ稼いでけしからん!と思っているのでしょう。

 一方、彼らは漫画家、俳優、モデル、アスリート、ベンチャー社長、ミュージシャンに対しては一定の敬意を持って「俺でも成れる」なんて言わない。これらは天賦の才と努力と勝負するガッツが必要だから、自分がそんな存在になれないことは知っている。

 一方、小説の場合、芥川賞や直木賞受賞作に対しても、「この程度の小説、俺でも書ける」なんて言いがちです。京都アニメーションに放火した青葉真司容疑者は、京アニ大賞に投稿した小説が同社作の複数のアニメ作品にパクられたと主張しました。「文字」「文章」は身近な分、才能がない者でも有名になれる可能性があると思われているのです。

 冒頭のツイートで微妙に“哀愁でいと”なのが、「俺でも」です。つまり、ライターとは普通の人にはなれない職業だと「上」扱いしている意識も若干感じられる。いえ、ライターなんて全然そんな仕事じゃありません。名刺に「ライター」と書けば誰でもなれる。某さんも才能がおありのようですから、是非ともライターになってくださいませ。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。