「正代」は熊本出身で58年ぶりの大関昇進 横綱や大関になぜ九州出身者が少ない?

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 9月30日、秋場所で初優勝した正代(28)が大関に昇進した。時津風部屋で行われた伝達式では、「至誠一貫の精神で相撲道に邁進して参ります」と口上を述べた。熊本県出身の力士が優勝したのは、現行制度となった1909年以来、初めて。大関が誕生したのも1962年の栃光以来、58年ぶりのことだという。

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 秋場所では、13日目に大関貴景勝を突き落とし、14日目には、今年大関に昇進した朝乃山を押し出しで破った正代。千秋楽では、準優勝した翔猿を突き落としで下した。

「正代は上背があり腕が長いので、懐の深い力士です。身体が柔らかく、朝乃山を押し出したように、非常に馬力があります」

 と解説するのは、ベテラン相撲記者。

「彼が得意とするのは、突き押し相撲で、右四つ、もろ差しや掬い投げもできます。馬力で押し込む攻撃相撲なので、見ていて面白い。今、横綱候補の一番手です。今後、ますます人気が出るでしょう」

 正代は、ガチンコ相撲を取ることで知られる。

「九州出身の力士は、無法松の一生で象徴されるように、骨っぽい男が多いので、八百長を嫌います。大分出身の双葉山はガチンコ相撲でした。長崎出身の佐田の山もそうですね。正代は、九州男児の血筋を引き継いでいるので、真っ向勝負のガチンコ相撲です。大関昇進の口上で、『至誠一貫』と言ったのは、八百長はしないという意味です」

ガチンコ相撲は出世が難しい

 もっとも、ガチンコ相撲の力士は、なかなか出世ができないという。

「福岡出身の益良雄(1979~1990年)もガチンコ相撲で、“白いウルフ”と呼ばれていましたが、怪我で大関まで昇進せず、関脇どまりでした。ガチンコ力士はどうしても怪我が多く、なかなか出世できません。熊本出身力士で正代以前に優勝がなかったのは、ガチンコ相撲を取る力士が多かったからでしょう」(同)

 例えば1965(昭和40)年以降、54人の大関が誕生している。このうち、九州出身力士は7人しかいない。一番多いのは北海道で9人。次に多いのがモンゴルで5人、その次は青森、東京、茨城の4人となっている。

 横綱はどうか。初代の明石志賀之助から72代の稀勢の里まで、最も多く輩出したのは北海道で8人。大鵬、北の富士、北の湖、千代の富士と人気力士が揃っている。2位は青森の6人で、鏡里、若乃花(初代)、栃ノ海、若乃花(2代)、隆の里、旭富士。3位は宮城、茨城、千葉、東京、鹿児島で4人となっている。

「熊本出身の横綱は、8代の不知火諸右衛門と11代の不知火光右衛門の2人です。いずれも江戸時代です。福岡は10代の雲龍と15代の梅ケ谷。大分は35代の双葉山です。戦後の九州出身の横綱は、鹿児島出身の朝潮、1965(昭和40)年に昇進した長崎出身の佐田の山を最後に誕生していません」(同)

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