ヤメ芸人の転職を支援 元芸人の社長が語る人材紹介会社を設立のワケ

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人事コンサルからスタートアップ、そして起業

 中北氏の転職活動を支えてくれたのは3歳年上の兄だった。中北氏いわく、「兄は36社にリストラされた”転職のプロ”」。故郷に住む兄から電話で転職のノウハウを聞く中で、印象的だったのが「お前は天才やから、将来社長になる」という言葉だった。

「兄は、僕がこの会社を起業するずっと前から、携帯電話のアドレス帳に僕を『中北社長』って登録してたんですよ。『お笑い芸人としてずっと頑張ってきたお前なら必ず納得いく仕事に就ける』……そう言って励ましてくれた兄のおかげで、人事系コンサルティング会社に内定をもらうことができました」

 その会社で5年半働いた後、インバウンド系事業のスタートアップ(市場開拓段階の新企業)にヘッドハンティングされ、人事責任者として働いた。

「その会社で社長の夢を叶えるために働いているうちに、ふと『自分自身がやりたいことって何だろう?』と思い始めたんです。当時はちょうど芸人時代の同期が次々と辞めていった時期でもありました。彼らが芸人を辞めた後まともな人生を歩めていないのを見て、お笑い芸人のセカンドキャリアを支援する仕事をしようと決めました」

 ビジネスのための資金調達が意外と簡単にできることは、スタートアップ時代に知っていた。中北氏に起業への抵抗感はなかった。

「世の中の起業家はどれくらいのレベルの人たちなんだろう、と思いビジネスコンテストに見学に行ってみたんです。そうしたら、そこに出ている人たちのプレゼンがあまり印象に残るものではなかった。自分ならもっとできる、と確信しました。それで、審査員の一人である人材コンサル会社の社長に懇親会で話しかけた結果、一週間後にアポが決まり、あっさりと出資してもらえることが決まったんですよ」

 自分自身のキャリアとビジネスモデルを掛け合わせた事業であるという点が、出資者のビジョンと合致していたのだろうと中北氏は振り返る。かくして立ち上がった「株式会社 俺」。社名の由来は「この世に『俺』という印をつける」。お笑い芸人を辞めても自分らしい人生を送ってほしい、という中北氏の想いがこめられている。

中北朋宏(なかきた・ともひろ)
1984年生まれ。NSC東京・吉本総合芸能学院に入学し、浅井企画へ転籍する。年間約100舞台を経験し、K-PRO主催のライブでは、6位に。6年間の芸人生活後、株式会社シェイクに転職。5年間人事コンサルティング業務、研修講師に携わり、新規顧客獲得数など、数々のMVPを達成。その後、株式会社Huber.を経てコンコードエグゼクティブグループに出資を受けて、2018年株式会社俺を設立。著書に『「ウケる」は最強のビジネススキルである。』(日本経済新聞出版)

万亀すぱえ/編集者・ライター

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月26日掲載

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