尖閣「中国漁船衝突」から10年 映像を投稿した元海保「一色正春氏」に訊く

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日中関係を語る

 尖閣諸島周辺で「中国漁船衝突事件」が発生したのは2010年9月7日。あれからちょうど10年が経過した。事件から約2か月後の11月、衝突動画をYouTubeに投稿した一色正春氏(53)に、デイリー新潮はインタビューを申し込み、この10年を振り返ってもらった。

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 早速、インタビューの内容をお伝えしたいのだが、まずは改めて事件を振り返ろう。

 10年9月7日、尖閣諸島付近の日本領海内で海上保安庁の巡視船が、違法操業中の中国漁船に退去勧告を行ったところ、漁船は故意に衝突。2隻の巡視船を損傷させた。

 海保は船長を公務執行妨害で逮捕し、那覇地検石垣支部に送検。船長以外の船員と漁船を石垣港に回航させ、事情聴取を行った。

 これに中国政府は激しく反発、船長と船員の即時釈放を要求した。日本政府は重要参考人の船員を帰国させ、重要証拠であり法令上は没収も可能だった漁船も引き渡した。

 その一方で、船長は起訴の方針を固め勾留延長を決定。これに中国はレアアースの輸出制限や在中日本人を拘束するなどの報復措置を行った。

 すると突然、那覇地検は船長を処分保留で釈放すると発表。9月25日に船長は石垣空港からチャーター機で帰国した。

 11月4日、漁船が故意に衝突する場面などを収めた44分間の動画がYouTubeに投稿された。瞬く間にインターネット上を情報が駆け巡った。

今も中国は“挑発”

 翌5日からテレビニュースなどが大きく報道する中、海保は国家公務員法守秘義務違反などの容疑で警視庁と東京地検に刑事告発を行った。

 11月10日、海上保安官だった一色氏が「自分が映像を流出させた」と上司に報告。12月に辞職届が受理され、国家公務員法違反容疑で書類送検された。翌11年1月に起訴猶予処分となった。

 一色氏に「改めて、この10年を振り返ってみて下さい」と依頼したのは、今も中国側の“挑発”が全く止まらないからだ。

 共同通信の電子版が8月2日に配信した「尖閣周辺で中国船一時航行 111日連続、最長更新」の記事を引用させていただこう。

《沖縄県・尖閣諸島周辺の領海外側にある接続水域で2日、中国海警局の船4隻が航行しているのを海上保安庁の巡視船が確認した。4隻とも同日朝に域外へ出た。尖閣周辺で中国当局の船が確認されるのは111日連続で、2012年9月の尖閣諸島国有化以降で最長の連続日数を更新した》

ネットの恩恵

 一色氏は、「この10年間、私たちは中国の実情について、以前より比較的正確な情報を把握できるようになったはずです」と振り返る。

「『中国』と言うよりは、一党独裁で国の上に党があるのですから『中国共産党』の実情と言うべきかもしれません。中共は第二次世界大戦後、他国を侵略して領土を拡大してきた唯一の国です」

「国共内戦に勝利した彼らは、南モンゴル、チベット、東トルキスタンを侵略併合しただけではなく、朝鮮戦争、中印国境紛争、中ソ国境紛争、中越戦争、南シナ海での勢力拡大など、一貫して隣国への武力行使を続けてきました。しかし、日本のメディアがそうした中共の実態を報じてきたのかというと、否としか言えません」(同・一色氏)

 1964年、朝日新聞、共同通信、NHKなど日本の大手メディアは、中国と記者交換協定を結んだ。これに一色氏は注目している。

 協定によって各社は北京特派員の“枠”を手に入れたが、交換条件として遵守を求められたのは【1】中国を敵視しない、【2】2つの中国を作る陰謀に加担しない、【3】両国の関係正常化を妨げない──の3項目だった。

 この協定に基づいたものかは不明だが、日本人記者が国外退去処分を受けたケースは複数、存在する。

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