「文政権」のアキレス腱…不都合な「機密文書」公開を拒む左翼政権の皮肉

国際 韓国・北朝鮮 2020年9月15日掲載

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30年前の「訪北事件」首謀者は「文大統領」の側近中の側近に

 韓国の外交部では1994年以降、国民の知る権利のために記録されてから30年が経過した機密文書を公開している。去る3月31日には、1989年度当時の外交機密文書などが公開された。しかし、1989年7月に世界を揺るがしたイム・スギョン訪北事件に関連する機密文書は公開対象に含まれておらず、注目を集めている。政府が開示をしないのは、事件の首謀者たちが現在、文政権の要職についており、文書公開が今後の選挙戦を左右するからではないかという見方があるためだ。ついに韓国内の弁護士団体から情報公開を求める訴訟が起こされ、来る9月18日はその第一回口頭弁論の期日となっている。

 まだ世界が冷戦下にあった1989年7月、北朝鮮の首都ピョンヤンで第13回世界青年学生祭典(社会主義国家版のユニバーシアードというべきイベント)が開催された。

 この祭典は北朝鮮にとってまさに一大国家プロジェクトであった。

 1988年のソウルオリンピックよりもさらに大きなイベントを成功させることで、北朝鮮の国力を内外に誇示する−―そんな狙いがあったためである。

 北朝鮮は当時のGNPの1/5にあたる約50億ドルをこの祭典に投入。

 世界最大級の競技場であるメーデー・スタジアム(観客収容数15万人)をはじめ、青春街スポーツ村、羊角島(ヤンガクド)サッカー競技場、ピョンヤン国際映画会館、そして世界最大の廃墟として有名な柳京(リュギョン)ホテル(105階建て)など数々の巨大な建物を建設した。

 このイベントには世界180の国と地域から22,000人もの人々が参加した。日本からも総評(連合の前身団体)などから約90名が参加している。

 そして北朝鮮は敵対している韓国にも招待状を送付したのだ。南北朝鮮が一か所に集う世界青年学生祭典こそ真の平和の祭典ではないかと言わんばかりに(北朝鮮はソウルオリンピックには参加していない)。

世界青年学生祭典の主役はイム・スギョン

 韓国で祭典の招待状を受け取ったのは軍部独裁政権と帝国主義者(アメリカを指す)の打倒を目的とする学生団体、全国大学生代表者会議(全代協)である。

 全代協のイム・ジョンソク議長は韓国外国語大学フランス語学科に在学中であった女子大生、イム・スギョンを北朝鮮に派遣することに決定。

 イム・スギョンは政府の目を欺くため、日本に観光旅行に行く名目で出国し、日本-西ベルリン-東ベルリン-旧ソ連のルートで北朝鮮に向かった。

 1989年6月30日、ピョンヤンに到着したイム・スギョンは大歓迎を受けると同時に北朝鮮の市民に新鮮な衝撃を与えた。

 当時の北朝鮮では禁止されていたアメリカ的なファッションであるTシャツとGパンは一瞬にして北朝鮮の若者のあこがれのファッションになったし、彼女が伝えた韓国の歌である「我々の願いは統一」はその後永く歌い継がれることとなった。

 自身も意図しないまま北朝鮮に自由主義国家の風を持ち込んだイム・スギョンは、一瞬にして世界青年学生祭典の主役となったのだ。

 学生運動に明け暮れているとはいっても元々は裕福な家(父親はソウル地下鉄幹部)に生まれた女子大生である。

 どこまでも奔放な彼女の言動は北朝鮮関係者を翻弄し続けた。

 例えば、北朝鮮に到着して最初の一言は、「私は北朝鮮の体制にも問題があると考えている人間です。北朝鮮が好きで来たのではありません」であったし、北朝鮮では家宝とすべき金日成主席からの贈り物を置き忘れてみたり、北朝鮮を訪れた外国人が慣例的に行っている金日成生家の見学を断ってみたり、群衆さえ集まれば原稿なしでいきなり演説を始めてみたりといった具合である。

 北朝鮮側の担当者も彼女の扱いにはかなり手を焼いたであろう。

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