元男性の尼僧が作った“性的少数者の駆け込み寺” 読売記者から転身の壮絶半生を語る

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性的マイノリティの晩年に注目

 自らの経験から「性的マイノリティ(少数者)の集える駆け込み寺を作りたい」を考える。彼らが就職できないとか、職場などで差別されるような事例はよく報じられるが、知られないのが彼らの最晩年。名付けた「性善寺」の主眼は「性的少数者の終活」である。

「基本的に彼らに子供はいない。さらに肉親などとは疎遠なケースが多いから『葬式も出してもらえない』『墓にも入れない』『供養もしてもらえない』など人生の末路が心配なのです。遺産などについては提携する司法書士らに相談に乗ってもらいますが、私が関わるのは精神的な面ですね」。

 当初、実家の敷地に寺を建てようとしたが1400万円かかるといわれ、寄付の600万円では無理だった。ところが、浄峰寺の住職が高齢になり後継ぎもなく廃寺になりかけていたことを知る。「もともと借地で月4万5000円の地代で借りることができました。一昨年、改修工事が終わるのを待っていたら9月に住んでいた高野山のアパートの屋根が台風で吹き飛んで住めなくなり工事中から居を移しました」。関西国際空港を麻痺させたあの台風だ。

「浄峰寺は単立(宗派に属さない寺)ですが先代住職は日蓮宗の尼僧です。真言宗の私は日蓮宗のお経は読めません。でも、初めてご本尊を見た時、お釈迦さまがにこっと微笑んだ気がしたんです。何年も放ったらかされたからでしょう。ここで頑張ろうと思えました」。「宗教施設でちょっと敷居が高く感じられるかもしれませんが、ここは檀家寺ではなく単立の信者寺で自由なんです。イスラム教の人とかが来ればさすがに私もびっくりでしょうけど」と笑う。

 柱になるのは永代供養だ。大阪府交野市の民間霊園を借りて永代供養塔を建てた。「戒名も男と女は違うのですが、戸籍などに関わらず本人の希望で性別を選んでもらいます」。

 しかし、新型コロナウイルスの影響で高齢のマイノリティがいる老人ホームなども今はほとんど入れない。「話のきっかけがありません。出鼻を完全にくじかれました」。

 同性愛カップルのための仏前結婚式も受け入れる。「そういう目的ではない若い人も来ていただいたら嬉しい。就職あっせんなどはできませんが、差別されたりしている悩みに対し、私の体験話などから心の安らぎになれば」。

 壁には寄進者の名札200枚以上が飾られている。「高野山やお遍路さんで知り合った人とか、いろんな方々です。申し訳ないけど経済的理由から木札を作ったのは寄付額一万円以上の人だけですが多くの人が寄付してくださいました」。

 大学での講義、高野山での法話、講演会なども次々と中止になり、年金以外の収入は激減した。「四国お遍路の先達役の案内などもバスが三密とされ、再開はしても人が集まらない」と嘆く。基本的に「人が集まること」が活動の基礎だけにコロナの影響は大きい。

「毎月の最終日曜日を縁日としてマイノリティの人などが集まって護摩修法もするのですが、広くないし感染を心配して敬遠する人が来ない。ほんまに新型コロナにやられてしもたんですわ」と困り顔だ。しかしその表情に暗さは感じられない。真の人生を取り戻した人間の明るさと強さなのだ。

「縁」を何よりも大切に

 柴谷宗叔さんと最初に出会ったのは1981年、記者駆け出しだった筆者の初任地、岡山の記者クラブだった。髪を長く束ねていて「ちょっと変わった感じの男だな」と思っていた。10年程前、あるローカル記事で尼僧になったと知り驚いた。読売新聞社を退社して高野山に入ったことは聞いていたが性同一障害とは知らなかった。岡山では人付き合いを避けていたのか懇意になる機会はなかったが再会し、懐かしさからも親しくなり、四国お遍路や高野山を案内してもらったりした。

 世襲制が大半の仏教界にあっては世間知らずの関係者も多い。しかし大新聞の経済部記者まで経験した柴谷さんは違う。ある時「高野山大学の経理を見ていて、なんでもっとユウコな金の使い方をしないんだろうかとあきれましたわ」と話していた。

 二言目には「これも不思議な縁なんよ」が飛び出す通り、柴谷さんは「人との縁」を何よりも大事にする。人だけではない、大震災で見つけた納経帳にも強い「縁」を感じて人生を大転換させた。

「そろそろ白髪、染めにいかんとあかんなあ」。会うたびに「大阪のおばちゃん」らしくなるユニークな柴谷宗叔さん。とはいえ過去に地震と台風で自宅を二度も失った。性善寺では火を焚く護摩修法も行う上、記者時代から変わらぬ愛煙家。「絶対、火事には気を付けてくださいよ」と念押しして別れた。

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粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月15日掲載

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