“総裁選出馬なら離婚”と話していた「菅官房長官」夫人のファーストレディ像

国内 政治 2020年9月12日掲載

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菅氏は来年の総裁選には出馬することを決めていた

 自民党総裁選に出馬する3候補の夫人の中で、最もメディア露出が少ないのは、絶対優位の情勢である菅義偉官房長官(71)の真理子夫人だろう。政治家の妻には様々な形があるけれど、夫人は積極的に前に出るタイプではないようで……。

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「結構前のことですが、後援会の幹部に対して“夫が総裁選に出馬するなら離婚します”と奥さんが話していたことがあったと聞いています」

 と、神奈川県政の関係者。

「奥さんの口ぶりも真面目な感じだったので、その幹部も冗談として流すわけにもいかず、“そうですか”と答えるだけだったということです」

 その一方で、

「菅さんは割と早い段階で、安倍さん(晋三首相)の任期が切れる来年の総裁選に出るつもりだったと聞いています」

 安倍首相の“意中の人”とされてきた岸田文雄政調会長。その発信力不足が取り沙汰され始めた時と、菅官房長官が出馬へ前向きになっていった時期とはちょうど重なっているという。

「官房長官として内外のアクシデント、トラブル、ピンチを乗り越えていく中で、経験が積まれ、周囲を見回して首相の任に耐えられる人物は他にいないと考えたのでしょう」

 菅氏は最初から政局観に長けていたわけではない。これだけ多くの派閥を渡り歩いた人も珍しいだろう。

 それを駆け足で見ておくと、1998年の自民党総裁選では所属の小渕派会長の小渕恵三氏ではなく、政治の師・梶山静六氏を支持。小渕派を退会する。

 その後、宏池会に入会するも、2000年の第2次森内閣不信任決議をめぐる「加藤の乱」では、派閥のボス・加藤紘一氏に同調して不信任案の採決では欠席。しかし、その後の派閥分裂劇では、反加藤陣営に与した。

菅氏が秘書を務めていた小此木彦三郎代議士の事務所で

 2007年の総裁選では、福田康夫氏を支持する宏池会の方針に反して麻生太郎氏を支持。2009年の総裁選では、河野太郎氏を推して、宏池会を退会し、以来、無派閥を通している。

 永田町関係者によると、

「もちろん、最初から“いずれは首相”と思っていたということはないと思います。でも、この7年8カ月の間、安倍政権を支えたということで、“いずれは~”という気持ちが芽生えたのでしょう」

「その時期が安倍さんの急な退陣で早まっただけのことで、菅さんの決断はブレなかった」

「菅さんは官房長官という仕事柄と本人の性格も相まって、奥さんが暮らす横浜のマンションにはほとんど帰らず、職務に当たってきました」

「だから、総裁選に出馬の意思があることを早めに伝えていたとは思えないですが、奥さんは何となく感じ取っていたのかもしれませんね」

 菅夫妻は、菅氏が秘書を務めていた小此木彦三郎代議士の事務所で知り合った。

「小此木家の家政婦であり、小此木事務所で働いている女性秘書のお姉さんでもあったんです。それで、小此木さんの勧めで結婚することになりました」

 と、別の神奈川県政関係者。

「当時、菅さんはまだ政治家を目指すという意思を明確にしていない時期だった。最初からそう言っていたら2人は結ばれていなかったかもしれませんね」

「真理子さんはとにかく目立つことは嫌いで、政治に首を突っ込むことはほとんどありません。選挙の際にも裏方に徹しています。周囲への気配りは素晴らしく、よくできた方だとみな思っているんじゃないでしょうか」

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