石破茂のお気に入りは寝台列車「瀬戸・出雲」 幹事長時代の“鉄オタ”エピソード

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 最年少二冠を達成した藤井聡太王位・棋聖は、鉄道ファンでもある。藤井二冠は列車に乗ることが好きな“乗り鉄”で、初タイトル獲得後に放送されたテレビ番組のインタビューで、189系「おはようライナー」に乗車したかったと悔しがる表情を見せた。

「おはようライナー」は長野県の塩尻駅−長野駅間を走る快速列車で、2019年に運行を終了。同列車には189系と呼ばれる車両が使用されていたが、現在は引退している。

 189系「おはようライナー」に乗れず悔しがる藤井二冠が鉄道ファンであることは疑う余地がなさそうだが、将棋界にはほかにも隠れ鉄道ファンがいるとも言われる。

 鉄道はあくまでも趣味だから、人に迷惑をかけない範囲で自分が楽しめればそれで十分。いちいち、「私は鉄道ファンです」と率先して公言する必要はない。そのため、有名人が鉄道ファンであるかどうかを知る機会は少ない。

 他方、本人が鉄道ファンであることを隠さず、鉄道趣味を全開にしている有名人もいる。最近は鉄道イベントが盛んに開催されるようになり、そこへ鉄道ファンを公言する芸能人が呼ばれる。そのため、タレント・お笑い芸人がテレビ番組などで鉄道ファンとカミングアウトすることは珍しくなくなった。

 しかし、芸能人を除けば鉄道趣味を公言する人は多くない。それでも、普段の言動から「鉄道ファン」であることが感じさせることもある。

 7年8ヶ月という長期政権に終止符を打ち、自民党内では新たな後継総裁・首相の選出が急がれている。現在、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長などが次の総裁・首相に名乗りをあげている

 石破議員は、永田町でもダントツの鉄道ファンとして知られている。ファンというライトな物言いでは、石破議員の鉄道愛を表現できない。筋金入りの鉄道マニアと言っていい。

 石破議員の鉄道愛は、これまでにもテレビ・雑誌などで繰り返し紹介されてきた。改めて石破議員の鉄道愛がクローズアップされるのは、2012年末に自民党が与党に返り咲いてからだ。

 安倍晋三総裁のもと、石破議員は幹事長に就任。自民党幹事長は、政治家同士の会合へ出席したり、業界団体の集会に参加したり、そのほかにも議員や県連との打ち合わせなど、その仕事は多忙で多岐にわたる。時には、国民の関心が高いイベントに顔を出して、自民党の政策をPRする役割も担う。

 毎年のゴールデンウィークに開催されている「ニコニコ超会議」には、与野党を問わず代表や幹事長といった政党の実力者が来場する。なかでも、自民党は党三役のみならず国民人気の高い議員を登場させて党勢拡大に努めている。

 2013年の「ニコニコ超会議」には、自民党がブースを出展。まだ一議員でしかなかった小泉進次郎議員を登場させてトークイベントを開くなど、自民党は「ニコニコ超会議」に力を入れていた。

 自民党ブースでは、カレーも販売した。石破幹事長(当時)はブースからカレーを手渡しするなど、支持者と触れ合った。そうした触れ合いも支持層拡大の一環と言える。

 そうした自民党幹事長職としての政務をこなしたほか、国会議員の公務として会場視察もしている。

 鉄道ファンでもある石破幹事長は、ニコニコ超鉄道のブースにも当然ながら立ち寄った。ニコニコ超鉄道はミュージシャンの向谷実さんが全面プロデュースをしたブースで、トークイベントでも司会進行役を務めた。

 唐突に現れた石破幹事長に気づいた向谷実さんは、石破幹事長をステージの上に招いた。そして、向谷さんと石破幹事長はディープな鉄道談義に花を咲かせている。

 ひとしきり鉄道談義に花を咲かせた後、石破幹事長はステージ脇に並ぶ鉄道各社のグッズ売り場にも立ち寄った。そして、いくつかの鉄道模型を手に取り、気になった模型を大人買いしている。

 石破幹事長の鉄道好きを物語るエピソードはそれだけではない。地元の鳥取県に帰郷する際、時間に都合がつけば寝台列車「サンライズ瀬戸・出雲」を使う。これは寝台列車に乗りたいという本人の希望によるものだが、「サンライズ瀬戸・出雲」は鳥取駅に停車しない。鳥取駅で下車するには、途中の姫路駅で特急「スーパーはくと」に乗り換えなければならない。そうした面倒を厭わないのは、本当に鉄道が好きだからだろう。

 また、東京と青森とを日本海経由で結ぶ寝台列車「あけぼの」は2014年に廃止されたが、廃止直前に東北地方へ遊説する予定が入った。どうにかスケジュールをやりくりし、石破幹事長は念願だった寝台列車「あけぼの」乗車を果たしている。

 ほかにも、政界では民主党政権で国土交通大臣を務めた前原誠司議員が鉄道マニアとして知られている。鉄道知識において、石破・前原両議員が抜きん出ていることは間違いない。その二人が他を圧倒しているものの、永田町には「鉄道が好き」と口にする議員はそれなりにいる。

 在京時は電車や地下鉄にいっさい乗らない先生も、選挙区に帰れば地元の知事・市長、商工会や観光協会といった政財界の関係者から鉄道に関した陳情を受ける。

 鉄道は、地元経済や地域振興にも大きな影響を及ぼす。地元駅が特急停車駅に昇格する、駅前広場が拡張整備されるといったことを実現するには、大きな政治力が必要になる。こうした経緯から、地元限定とはいえ国会議員は自然と鉄道に詳しくなり、鉄道を好きになっていく。

 歴史を見ても、政治が鉄道を動かした例は多い。明治時代は鉄道が主要な移動手段だったこともあり、政治家は地元に鉄道を呼び込むことに懸命になった。それを実現すれば、票につながる。露骨で大胆な鉄道誘致は、我田引水をもじって“我田引鉄”という言葉を生んだ。

 そうした鉄道利権は、戦後にも受け継がれている。佐藤栄作内閣で運輸大臣に抜擢された荒舩清十郎議員は、埼玉県の深谷駅を急行停車駅へと昇格させた。

 深谷駅は自身の選挙区内にあるので、大臣という立場を行使して利益誘導したと世間は受け止めた。それが反発を呼び、荒舩大臣は辞任に追い込まれた。

 また、田中角栄元首相は幹事長時代から「新幹線は地域開発のチャンピオン」と評するなど、新幹線が内包する開発力に着目していた。そして列島改造ブームを追い風に首相に就任し、全国に新幹線計画を打ち出す。これらが地方を熱狂させ、支持を集めた。

 交通網が未発達だった時代に比べれば、鉄道の訴求力は小さくなりつつある。それでも政治と鉄道の関係は、連綿と続いている。地方都市の政財界からは、鉄道を、特に新幹線を望む声はいまだ絶えない。政財界は地元の国会議員に陳情を繰り返す。

 しかし、鉄道が好きというだけで、永田町の面々が総裁に推すことはない。同好の士が居酒屋で語り合うなら、鉄道が好きという共通点だけで盛り上がれるだろう。しかし、政治が絡むなら鉄道は趣味と割り切れない。そのことは、石破候補だって百も承知のはずだ。

 ニコニコ超鉄道では大歓迎で迎えられた石破議員だが、総裁選では険しい道が続く。

小川裕夫/フリーランスライター

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月7日掲載

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