生産性を上げるために日本は何をなすべきか――デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

最低賃金を引き上げる

佐藤 そうすると成長する企業もある一方、潰れる会社も出てきます。だから失業者で溢れかえるという反論が返ってきませんか。

アトキンソン もちろん雇用に影響が出ると言う人がいますし、中小企業いじめだと受け止める人もいます。でも2011年に比べて日本の企業数は60万社以上減っています。でも雇用は370万人以上増えている。

佐藤 会社がなくなっても、事業は残るということですね。

アトキンソン その通りです。だから失業者で溢れかえるというのは、データを見ていない人たちのただの感情論です。ただ社長の数は減ります。360万人いる社長が半分になるのは間違いない。

佐藤 そこは経営能力があるかないかの問題になります。

アトキンソン そうです。経営者の質が生産性を決めます。現状では360万人の社長のために6400万人の社員が、非効率的な仕事をさせられている、つまりは犠牲になっていると考えていい。成長していかなければ、給料も上がらないし、新しいことに取り組めず、輸出もできません。そして休みも取れない。

佐藤 社員の可能性を狭めているわけですね。

アトキンソン 日本の生産性が低い理由に、もう一つ、大きな問題があります。それは最低賃金が低すぎることです。これは中小企業、とりわけ小規模事業者の支援としても機能しています。

佐藤 昨年、東京はようやく時給が千円台になりました。日本は諸外国に比べて、どのくらいの水準なのですか。

アトキンソン イギリスの90・4%、ドイツの83・8%、フランスの80・5%です。若者の学習到達度を調査するOECDのPISAテストでは、日本は世界72カ国・地域中、シンガポール、香港に続いて第3位です。だから評価の高い人材を安い給料で雇っていることになる。

佐藤 これを引き上げろというのも大きな反発があるでしょう。

アトキンソン 主に小規模事業者の経営者の集まりである日本商工会議所からは強い反発があります。中小企業が潰れたり、人員整理されたりして、雇用が減ると言いますが、欧州の事例を見てもそんなことは起きていません。最低賃金を引き上げても、雇用に影響が出ないことは、海外の学会ではおおまかなコンセンサスができています。韓国では失業率が上がりましたが、あれはいきなり16%も引き上げたからです。しかし、すぐに収まって、昨年末になって過去の平均まで持ち直しました。やはり適切な引き上げ幅はあって、いま安倍政権は年3%ほど上げさせていますが、私は5%くらいが適当だと考えています。

佐藤 最低賃金を引き上げれば、間違いなく中小企業の統合、再編は進むでしょうね。

アトキンソン 結果、生産性の低い企業が雇っていた労働人口が中堅企業に移動して、経済の新陳代謝が始まります。

佐藤 非常に明確な提言です。

アトキンソン 潜在能力について、各先進国にそんなに大きな差があるとは思えません。日本の生産性が低い問題の本質ははっきりしています。労働者の配分・活用の仕方が悪いのです。規模の小さい企業から大企業と中堅企業中心の産業構造に変えればいい。人口減少が加速していきますから、早急に対策をとるべきです。

デービッド・アトキンソン (小西美術工藝社社長)
1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学日本学科卒。87年アンダーセン・コンサルティングに入社し90年に来日。ソロモン・ブラザーズ証券を経て、92年ゴールドマン・サックス証券に移り、不良債権レポートで注目された。同社は2007年に退社。09年に国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社し11年に会長兼社長に就任。14年より現職。

週刊新潮 2020年8月27日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。