生産性を上げるために日本は何をなすべきか――デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)【佐藤優の頂上対決】

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データも分析もない日本

佐藤 生産性の問題が長らく放置されてきたのは、どうしてなのでしょうか。

アトキンソン 日本の場合、まずデータがありません。だから分析もない。私がアナリストをやっていた1992年頃も、きちんと調べもせずに、不良債権などあるはずがない、日本ではありえないと言っていました。コロナだって、検査しなければ実態がわからないのに、対策だけがどんどん進んでいます。私から見ると、日本はいつも幻想というか、神話の中にいるイメージです。そもそも近代が始まった明治にしても「王政復古」でした。でも江戸時代より前だって、天皇が国家を実際に統治していたかどうかは、断定できないところがあります。

佐藤 そうですね。少なくとも天皇制は近代的な現象です。

アトキンソン 経済で言えば、高度成長についても大きな神話の中にいます。日本人は技術力と勤勉さによって成し遂げたと考えていますが、データを分析すると違う姿が見えてくる。

佐藤 人口学の問題ですね。

アトキンソン そうです。いわゆる人口ボーナスです。人口が他の先進国より大きく増えればGDPが相対的に大きくなるのは明らかです。もちろん技術も必要ですが、戦後、日本では人口が大きく増え、冷戦もある特殊な状況下で、高度成長を成し遂げたのです。これは各種データを見れば簡単に導き出せますが、エビデンスに基づいて分析する人がほとんどいない。逆に日本人に多いのは、自分の周りにそういう人がいたから、というエピソードベースで話す人ですね。そこには何の根拠もエビデンスもありませんから、いかようにも日本特殊論を作ることができる。

佐藤 それは物語を作る力で、小説家に必要な能力ですね。

アトキンソン また、よく「欧米」と日本を比較するでしょう。でも「欧米」と言ったところでアウトです。欧州とアメリカでは、社会制度も資本主義のあり方も全然違います。そもそも欧州が嫌いで、その社会を否定して、アメリカという国ができたわけですから。

佐藤 リベラルという言葉ひとつ取っても大きく違いますよね。

アトキンソン 全然違います。日本人はよく西欧の考え方やルールの押し付けと言いますが、理解が極めて表面的です。いつの時代のどこの国のことなのか、時と場所によって全然違うのに、それを無視した言い方をする。日本は学歴の高い人でさえ、ありえない話を平気で言ってくることが多々あります。生産性についても、きちんとデータを分析して手を打たないと、日本は貧困大国になってしまいます。

佐藤 そこはソ連共産党末期の姿に重なりますね。1991年8月にクーデター事件が起きた時、私は連日、クレムリンのソ連共産党中央委員会の様子を偵察に行っていました。そこから3キロ離れたロシア議会のホワイトハウスにはエリツィンが立て籠り、それを戦車が囲んでいた。それなのに一番のエリートが集まるクレムリンでは、朝8時半にみんなが通勤してきて、一般職員は午後5時に帰り、幹部職員は深夜1時、2時まで普通に仕事をしていました。

アトキンソン 霞が関と同じだ。

佐藤 エリツィンの最側近で、ソ連崩壊のベロヴェーシ合意を書いたブルブリスは、クーデター事件を、政治的チェルノブイリだと言っていましたね。

アトキンソン 潜在している問題をいろいろごまかしながら経済合理性のないことをやっていても、ある程度までは持ちます。ソ連の体制もダメだと言われて、何十年も続きました。でもある日突然、崩壊した。

佐藤 いきなり起きました。そして一度始まると進行が速い。

アトキンソン ソ連はずっと衰退していましたが、その年に突如として消滅した。それを予測できた人はいたのでしょうか。

佐藤 いないと思いますね。

アトキンソン 日本もフォローの風が吹いている時はいい。でもアゲインストになると、いまの社会を維持することができません。人口減が急速に進む一方、長寿社会になりますから、いまの状態のまま、年金をもらい、医療を安く済ませ、社会インフラもきちんと整えてもらうことは無理です。維持するには生産性を上げる必要があります。

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