「84歳AV女優」コロナでも欠かさない体作り 「明日撮影があってもいいように」

エンタメ 週刊新潮 2020年8月13・20日号掲載

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 もはや、「熟女」という定義にも収まるまい。なんといっても、戦争を経験した世代がAVに出演しているのだ。折しも、あの暑い夏から75年。可憐な少女はなぜ、80歳を超えてAV女優になったのか。

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「81歳から毎年撮影しているの。でも、コロナで昨秋から撮れていなくて……」

 そうかくしゃくと語るのは、AV女優の小笠原祐子さん。今年の10月で85歳を迎える“世界最高齢AV女優”だ。デビューまでは夫一筋だったという彼女、この世界に進むまでの道のりは、やはり平坦ならぬものがあった。

「私自身は横浜で生まれ、保険会社に勤める父は転勤族。戦争が激しくなる頃、父の実家がある山形県の鶴岡に身を寄せたんです。とにかくお米は不足していて、大根や南瓜とかを食べる生活。のみとしらみもひどく、殺虫剤のDDTを頭に振りかけられ、真っ白な頭をしていました。お風呂もないから、牛が水浴びする川で体を洗っていたんです」

 幸い、疎開先では空襲を免れたものの、

「B29が東京方面に向かっていくのを眺めたことがありました。“東京がやられるかも”って思って。そして、10歳で終戦を迎え、玉音放送は鶴岡で聞きました」

 都内の短大を卒業後、父と同じ保険会社に就職。そこで出会ったのが“初めての男”となる夫だった。

「京大アメフト部出身でした。24歳で結婚して、3人子どもが生まれましたけども、大変な旦那でした。59歳で死別するまでの35年間、私は一度も外に飲みに行かせてもらえなかった。自由も何もない生活でした」

 それでも、いまも夫のことを愛しているとご本人は言うのだが、死後は、羽が生えたごとく飲み歩くようになったという。

撮影現場を見て…

 果てに、スナックをやらないかと誘われ、61歳で都内に出店。7年ほどで閉めるが、常連客の女友達がAVの世界に誘ってくれた。

 その友人によれば、

「私はフリーのヘアメイクとしてアダルトの現場に行くことも多かったんです。そこで、熟女AVメーカーの人から“いい人いれば”と言われ、真っ先にママ(小笠原さん)が思い浮かびました」

 再び小笠原さんが言う。

「6、7年前、最初は“モデルをやらない?”と友人に言われて。AVだと分かってからは断っていたんですけど、メーカーの人に説得され、まず現場を見ることに。そこで“若くてイケメンなら”とポロッと言ってしまい、1週間も経たないうちに“イケメン用意しました”と。これは断れないな、と覚悟を決めました。3人いる子のうち長男には伝え、“それで若くいられるならいいんじゃない”って」

 2016年に81歳でデビュー。コロナ禍であろうと撮影を待ち望んでいると、彼女は続ける。

「とにかく作品を残したいという思いです。コロナだから、と会社から言われていますが、明日撮影があってもいいように体作りはしています。普通の人がしないような姿勢をとるので、柔軟体操は欠かせません。背もたれに寄りかからず、歩くときも背筋をピンと伸ばすよう意識しています」

 改めて激動の人生を振り返ってもらうと、

「戦争を生き抜いた人がどんどん少なくなっているでしょ。厳しい時代を経験したから、強い心を持っていられる。人生はなるようにしかならないし、何でも受け入れられる。コロナもAVの仕事もそうです」

 含蓄溢れる戦前世代の人生訓。“筆をおろして”心に書き留めておきたい。

ワイド特集「コロナ禍の女」より