嘱託殺人被害者の知人女性が独白する「生き地獄」 安楽死はどう議論すべきか

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「私は林さんとも、“先生”ともツイッターのダイレクトメッセージでやり取りしていました。いま思えば、今回の事件に繋がる内容もありましたね……」

 複雑な胸中を明かすのは、“くらんけ”というユーザー名で、ツイッターでの発信を続ける20代の女性だ。

 彼女の語る“先生”とは、7月23日に京都府警が嘱託殺人容疑で逮捕した大久保愉一(よしかず)容疑者(42)。共犯の山本直樹容疑者(43)を伴って、ALS患者の林優里さん(51)を殺害したとされる。

 昨年10月末、大久保容疑者はくらんけさんにこんなメッセージを送っていた。

〈〇〇氏(林さんのユーザーネーム)はご存じですか?〉〈以下極秘でお願いします〉〈わたしのツイをみて、人生に終止符を打ってほしいと〉〈近々〇〇氏の家にいくことになりました〉

 そして、

〈とにかく魂だけでも救ってきますわ〉

 林さんが実際に命を落としたのは、それから1カ月後のことだった――。

 社会部記者によれば、

「大久保と山本のふたりが京都市内にある林さんのマンションを訪れたのは、昨年11月30日の午後5時半頃です。彼女は2011年にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され、当時は寝たきり状態。24時間態勢で介護を受けていました」

 事件当日、林さんはヘルパーに“知り合いが来る”と伝え、面識のない大久保容疑者と山本容疑者を自宅に招き入れた。ふたりは10分ほどで彼女の部屋を後にしている。

「その直後に林さんの容態が急変し、主治医が駆けつけるも119番通報した時には林さんは呼吸停止状態。その日の夜に死亡が確認されました。死因は急性薬物中毒。京都府警が捜査に乗り出し、マンションの防犯カメラ映像をもとにふたりを割り出したのです」(同)

 京都出身の林さんは、同志社大学を卒業後、アメリカ留学して建築を学び、帰国後は都内の設計事務所に勤務。ALS発症以降は実家のある京都に戻り、現場となったマンションでひとり暮らしをしていた。

 他方、容疑者のひとり、山本容疑者の口座には犯行の前に彼女から約130万円の現金が振り込まれていた。

 山本容疑者は都内のED(勃起不全)治療専門クリニックで院長を務めており、彼を知る人物によれば、

「港区のタワマン住まいで、ビジネスに明るいドクターという印象。ED治療のクリニック以外に、ヨウ素を原料にしたがん治療薬を製造する会社を立ち上げ、海外からの投資も募っていた。そのビジネスはマユツバでしたが、彼自身は温厚で、押しに弱い性格。安楽死に強い思い入れがあったとも聞かない。共犯者に引っ張られて犯行に加担してしまったんじゃないか」

 その“共犯者”こそが、宮城県名取市で呼吸器内科や精神科のクリニックを営む大久保容疑者だった。彼はブログやツイッターでたびたび、あるキャラクターへの憧れを綴っている。

〈やっぱりオレはドクターキリコになりたい〉〈もうじきニッチな商売を始める。合法的ドクターキリコとでもいうべきか〉

 手塚治虫の代表作『ブラック・ジャック』に登場するドクターキリコは、元軍医で、苦痛に苛まれる患者にカネで安楽死を施し、“死神”と呼ばれる異端の医師だ。安楽死に強いこだわりを持つ大久保容疑者が、自身を重ね合わせたとしても不思議はない。

 先のくらんけさんはこう語る。

「確かに、先生の行為は現行法上、許されることではないのかもしれません。しかし、林さんはまだ治療法が確立されていないALSを患って苦しみ、“死にたい”と強く願っていました。そこに現れたのが先生だった。振り返ってみると、この“事件”が起きたのは当然の流れだったように思えるのです」

「こんなに辛いのに!!」

 林さんが自ら死を望むほど闘病生活に苦悩していたことは、彼女のブログからも明らかだ。

〈普通にしてるのに眉間にしわの辛そうな顔。唾液が垂れないようにペーパーと持続吸引のカテーテルもくわえ、操り人形のように介助者に動かされる手足。惨めだ。こんな姿で生きたくないよ〉〈自分では何ひとつ自分のこともできず、私はいったい何をもって自分という人間の個を守っているんだろう?〉

 くらんけさんが続ける。

「林さんは私が安楽死関連のツイートをしているのを見てフォローしてくれました。彼女はとても我慢強い性格で、いつも“しっかりせなアカン!”と自身を鼓舞していた。それなのに、昨年の夏頃から落ち込んだ様子のツイートが増え、1週間ほど更新が止まることも。亡くなる直前には“いますぐ死にたい”と頻繁に書き込むなど、心身ともに参っているようでした」

 林さんがくらんけさんへのメッセージで心情を吐露することもあった。

〈「なんであんたたちそんな楽しそうなの?! 人がこんなに辛いのに!!」ほとんどの人は諦めてますが友人たちにはしつこく訴えてしまいます。「そうじゃないの、私がどれほど辛くて悔しいかを聞いて欲しいの!!」でもやっぱり患者にしかわからない〉

 日本ALS協会の会長で、患者でもある嶋守恵之氏は、本誌(「週刊新潮」)に寄せたコメントで彼女への理解を示す。

「気持ちはよくわかります。身体が動かないのは自分だけで、この苦しみは自由に動ける人には決してわからないと思うこともある。声も出せないので、時には大声で泣く赤ちゃんさえ羨ましくなります。動けないし飲食もできず、いったん落ち込むと気分転換することも難しいです。家族の笑顔に恵まれている私は幸運だと思います」

 林さんが病苦と孤独に苛まれる日々を“生き地獄”と捉えたとしても、それを責めることはできまい。

 そんな彼女が、くらんけさんと親交を深めていったのには理由がある。

 実は、くらんけさんも6歳で神経系の難病を発症し、20年以上にわたって闘病生活を送ってきた。病状が進行した現在は、両足や手首から先はほとんど動かせない。そして、彼女はある選択肢に行き着く。それがスイスでの安楽死だった。

 スイスでは医師が自殺を幇助する行為が容認されており、彼女は昨年“ライフサークル”という自殺幇助団体に入会し、安楽死に向けた手続きを進めた。

 申請には本人の希望を記した嘆願書や、医師による診断書などが必要となる。しかし、彼女が治療を受けている病院は診断書を書くこと自体が“自殺幇助”に当たるとして拒否。結局、知り合いの医師に依頼して診断書を書いてもらい、昨年10月、ついに団体から“幇助可能”とされたのだ。いわば“安楽死の権利”である。

「両親はいまだに葛藤しているものの、私がスイスに渡航することは了承してもらいました。コロナの影響でまだスケジュールは未定ですが、年内には渡航する予定です。ただ、現地に渡っても医師の診断を受けている期間はキャンセルが可能なんですね。私もそれまでに生きる理由が見つかれば安楽死をしないかもしれません」(くらんけさん)

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