朝鮮半島は「2017年」に戻った 米朝の駆け引きの行きつく先は「米韓同盟消滅」

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脅せばシッポ振る南

――その米朝の闘いで、北朝鮮は完敗した?

鈴置:そう判断するのは早すぎます。駆け引きは始まったばかり。北朝鮮は矛を収めましたが、すでに得るものは得ています。韓国側は北に脅されてすっかり弱腰になりました。

 今年1月まで首相のポストにあり、次の大統領選挙に与党「共に民主党」から立候補すると見られる李洛淵(イ・ナギョン)議員は6月24日、以下のようにツイートしました。

・北韓の金正恩委員長の対南軍事行動の保留決定は韓半島の緊張を和らげる、とても適切な決断と受け止め歓迎します。
・南北の適切な対話と南北米中の高官級対話により、韓半島の現状を打開し、望ましい新たな局面を造成することを希望します。

 開城工業団地の南北共同事務所は韓国政府の資産です。韓国はそれを爆破された。その後に「脅しはひとまず中止だ」と言われただけで、次の大統領と目される人が「大変、ありがたいことです」と答えてしまったのです。

 対話を呼びかけるにしろ普通なら、爆破の責任を追及してからの話でしょう。このツイートは文在寅政権の意向を代弁していると見られます。金正恩委員長は「脅した後、ちょっと頭をなでてやれば南はシッポを振ってついて来る」と大笑いしているはずです。

ストックホルム症候群に陥った

 文在寅政権との関係は良くないものの、「共に民主党」から次期大統領選への出馬を狙うとされる政治家がもう1人います。李在明(イ・ジェミョン)京畿道(キョンギド)知事です。

 この人も6月24日、フェースブックで「保留」に関し以下のように言及しました。聯合ニュースの「李在明、『北側の対南軍事措置の保留を歓迎…平和・協力の新たな礎に』」(6月24日、韓国語版)から翻訳します。

・歓迎する。対敵攻勢をかけると公言していた北側としても、保留を決めるのは容易ではなかったと推測する。

 李在明知事に至っては「歓迎」に留まらず「苦しい決断だったろう」と金正委員長を労わったのです。

 ヤクザが殴る手を止めたら、殴られていた人が「苦渋の決断を下されましたね」と揉み手してゴマをする感じです。李在明知事にすれば、米国というもっと強力なヤクザに脅された同胞を労わっているつもりかもしれませんが。

 2人の政治家はいずれも左派。彼らは北朝鮮との良好な関係を売り物にしている。そこで北に脅されると、思わず従ってしまうという構造的な弱点を持ちます。ただ、見落としてはならないのは、普通の人の間にも北朝鮮へのゴマすり感情が広がっていることです。

 冒頭で引用したB52による威嚇。韓国メディアも報じましたが、事実を報じるだけの小さな扱いでした。少し前までなら「なぜ韓国空軍機が合同演習に参加せず、代わりに自衛隊機がエスコートしたのか」と保守系紙が政府を厳しく追及したでしょう。

 日米だけの合同演習は日本の半島問題への関与と、韓国の「蚊帳の外」を象徴します。それへの反発が韓国から一切、出なくなった。北朝鮮が核開発に成功した後、ほとんどの韓国人は北の顔色をひたすら窺う存在に堕ちたのです。

 誘拐事件の人質が警察ではなく犯人に共感する「ストックホルム症候群に陥った」と自嘲する韓国人も一部にはいるのですが。

北にカネをばらまけばよい

――北朝鮮の狙いは制裁の緩和ですね?

鈴置:まずは、そうでしょう。国連制裁に加え、新型肺炎の影響で食糧の輸入も国内流通も急速に細っているようです。保守系紙の朝鮮日報はこれまで優遇されていた首都・平壌(ピョンヤン)まで配給が止まり、住民の間に不満が高まっていると報じました。

北、内部で取り締まりショー…平壌まで3か月食糧配給が途絶え、民心は爆発寸前」(6月25日、韓国語版)です。

 一方、南の人々はストックホルム症候群に罹っている。北朝鮮は軍事的な追加措置をあくまで「保留」しているに過ぎません。軍事的な緊張が再び増せば「おカネで済むことなら払おう」といった空気が高まってくると思います。

 金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)の2つの左派政権で統一部長官を務めた丁世鉉(チョン・セヒョン)氏が6月18日、それを主張しました。

 丁世鉉氏は大統領の諮問機関である民主平和統一諮問会議の首席副議長ですから、文在寅大統領の本音と見なしてよいでしょう。朝鮮日報の「『南北が戦争の恐怖なしに生きるには』…躊躇なくバラまけと丁世鉉」(6月19日、韓国語版)から発言を拾います。

・南北が戦争の恐怖なしで生きていくには、経済協力と軍事的な緊張緩和を連携する方法しかない。これを別の言葉で言えば、バラマキである。

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