奴隷少女がしるした実話――「アメリカの奴隷制度のおぞましさを知った」

国際 2020年6月26日掲載

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 アメリカのミネソタ州ミネアポリス市で非道な白人警官が引き起こしたジョージ・フロイドさん暴行殺害事件は、いまや世界中に「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」運動の輪を広げ、人種差別への抗議デモは今月14日、東京・渋谷でも行われた。

 アメリカ社会にとって宿痾ともいうべき黒人差別、そして連綿と繰り返されるこの種の暴力沙汰。アメリカでは、南北戦争当時に奴隷制を支持した南軍指導者の像や記念碑が引き倒されたり、ケンタッキー州で州議会議事堂に設置されていた南部連合の初代大統領像ジェファーソン・デービスの像が撤去されるなど、歴史を遡ってこの問題を問い直す動きが活発化しているが、19世紀に白人による性的虐待を告発した、一人の偉大な黒人少女がいたことをご存じだろうか。

 1813年、米国南部ノースカロライナ州に奴隷として生まれたハリエット・アン・ジェイコブズである。彼女は自身が経験した白人による性的虐待、そして人間性を否定された黒人奴隷の人生の苦しみの実態を伝えるために、リンダ・ブレントという偽名で本を書いた(原題:Incidents in the life of a slave girl、邦題『ある奴隷少女に起こった出来事』堀越ゆき訳、新潮文庫)。教育の機会を与えられなかった奴隷が書いたとは思えない知的な文体で綴られた同書は、白人による作り話と誤認され、長年アメリカでも忘れ去られていた。しかし、近年その驚くべき内容が事実であることが証明されると、百二十余年の時を超えて一躍、全米でベストセラーとなった数奇な作品である。同書には差別に対する深い洞察が綴られている。

「奴隷制は、黒人だけではなく、白人にとっても災いなのだ。それは白人の父親を残虐で好色にし、その息子を乱暴でみだらにし、それは娘を汚染し、妻をみじめにする」(同書より)

200年経っても繰り返される悲劇

「その数カ月前にも、かっとなったドクターは、わたしを2階から下へ投げ落としたことがあった。わたしはひどい傷を負い、長いあいだベッドで寝がえりを打つことさえできなかった。そのとき彼はこう言った。『リンダ、神に誓って、もう二度とおまえに手を上げたりしない』。だが、わたしには、彼はやがてこんな誓いは忘れてしまうとわかっていた。

 わたしの状況を知ったあとのドクターは、地獄から迷い出た、行き場のない亡霊のようだった。毎日わたしのところにやって来ては、ペンではとても表現できないような侮辱をいいつのった。仮にわたしにその能力があっても、表現したりはしないだろう。その言葉は、あまりに低俗で、むかむかするのだから」(同書より)

 12歳で白人医師の家で奴隷として働くことになった少女。やがて成長して15歳になった頃から、目を覆わんばかりの悪夢の日々が始まる。好色なドクターによる性的虐待、そして理不尽な暴力……少女の自尊心は踏みにじられ、将来の希望は奪い去られてしまうが、そんな中でも彼女は自由を求めて懸命に闘い続けていく。

『ある奴隷少女に起こった出来事』コミックス

「webアクション」にて連載中「ある奴隷少女に起こった出来事」(c)あらい・まりこ/双葉社(他の写真を見る

 日本でも、少女の真摯にして衝撃的な告白は読者の共感を呼び、同ジャンルの書籍としては異例の売れ行きを見せている。今回のBLM運動の広がりを受けて、ツイッター上でもコミック化されたこの作品の一ページが共有され、大きな話題となっている。「アメリカの奴隷制度のおぞましさを知った」「黒人差別問題の歴史的背景を知ることができる」などの声が次々に寄せられ、日本の若者たちの間でもこの問題が大きな関心事になっていることを窺い知ることができる。

 200年以上前に誕生した勇敢な少女が記したこの作品は、長い時間を経ても一向に改善されないこの問題の根深さを教えてくれる。

デイリー新潮編集部