サウジアラビアがコロナ禍で窮地 日本のエネルギー安全保障に大打撃の可能性

国際

  • ブックマーク

Advertisement

 サウジアラビアの財政が「火の車」となっている。

 足元の原油価格が予算策定時に想定していた60ドル(1バレル当たり)を大きく下回り、政府の歳入の約8割を占める原油売却収入は半減しているからである。

 原油価格が急落した要因は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)により世界の原油需要が日量3000万バレルも減少したことにある。日量3000万バレルというのはOPEC全体の原油生産量に匹敵するという途方もない規模である。

 新型コロナウイルスの影響でメッカの巡礼を禁止したことにより、観光収入が約120億ドル減少したことも響いている。

 一方、サウジアラビアでも新型コロナウイルスの感染拡大が起きている。感染者数は4万人を超え、中東地域の中でトルコ、イランに次ぐ規模となっている。

 王族たちも例外ではない。150人以上が感染したことから、紅海に面するジッダにある王族専用病院は一杯になってしまい、急遽借り上げられた2つのホテルで治療が行われているという。

 実質上の国王と言われるムハンマド皇太子が5年前に決断して実行した隣国イエメンへの軍事侵攻は2330億ドルを費やしたのにもかかわらず、一向に戦果があがっていない。それどころか、世界最悪の人道危機に陥ったイエメンでの新型コロナウイルスの蔓延がサウジアラビアにとって大きな脅威となりつつある。

 サウジアラビアの原油生産の中心地である東部の産業都市ダンマーム(人口約200万人)も5月3日、都市封鎖となった。今のところ原油輸出に支障は生じていないが、一朝事があれば、原油輸入の4割をサウジアラビアに依存している日本のエネルギー安全保障は大打撃を受けることになる。

 今年の財政赤字の対GDP比率は10%をはるかに超え、3月末の外貨準備高は4640億ドルと2000年以来の低水準となった。今年の金融市場からの借り入れの規模が600億ドルにまで膨らんでいる(4月23日付日本経済新聞)。

 財政改革は必至の状況だったが、サウジアラビアのジャドアーン財務相が5月11日に発表した内容は衝撃的だった。

 歳入面では日本の消費税にあたる付加価値税を7月から現行(5%)の3倍の15%に引き上げるとともに、歳出面では2018年の付加価値税導入時から実施されてきた物価上昇の影響を緩和するための生活費手当の支給(予算額266億ドル)を6月から中止する。庶民にとってダブルパンチである。

 国民に夢を与えてきたムハンマド皇太子が進めてきた「ビジョン2030」も「はかない夢」と化しつつある。それどころか波乱要因にさえなっている。

 ビジョン2030の目玉とされる紅海沿岸で建設が予定されているスマートシティ「NEOM」に反対する地元部族の有力者が4月15日暗殺される事件が発生した。

 サウード王家が国を治める基盤は各地の部族との友好な関係にあったが、今回の事件がもとで今後王室に反感を抱く部族が勢力を増していくことが懸念される。

 ビジョン2030を推進する財源にも黄信号が灯っている。ジャドアーン財務相は「ビジョン2030関連予算も聖域扱いしない」と語っており、ムハンマド皇太子は「第2の予算」的な機能を有している政府系ファンド(PIF、資産規模は3000億ドル超)の活用を重視し始めている。そのせいか、PIFの運用はこのところハイリターンを求める傾向が強まり、リスクの高い投資先が目立ち始めている(4月21日付日本経済新聞)。

 苦戦を強いられているムハンマド皇太子にとって「泣き面に蜂」なのは、強力な後ろ盾であったトランプ米大統領との関係がぎくしゃくし始めていることである。

 ムハンマド皇太子は、世界の原油需要が急減しているにもかかわらず4月から原油の大増産を行ったことが米国のシェール企業を窮地に追い込んだとしてトランプ大統領が激怒した。「サウジアラビアの安全を保障できない」とするトランプ大統領の剣幕に真っ青になったムハンマド皇太子は直ちに減産路線に戻った。

 原油価格が長期間上昇しないと見込まれる現在、トランプ政権の外交政策の中心が「石油」ではなくなったのは容易に想像がつく。

 1945年2月、ルーズベルト大統領とアブドラアジズ国王との間で「米国がサウジラビアの安全保障を引き受ける代わりに、サウジアラビアは米国に石油を安定的に供給する」旨の取り決めがなされ、現在に至っているが、その先行きは極めて不透明なのである。

 サウジアラビア政府は米国のさらなる圧力に屈して11日、「6月の原油生産量を追加的に日量100万バレル削減する」と発表した。これにより原油価格が上昇しない限り歳入がますます減少することになり、そのツケは国民に向かう。

 政府の失政のツケばかり背負わされるのではたまったものではない。「代表なくして課税なし」ではないが、国民の政治参加の要求が飛躍的に高まり、サウジアラビアで「アラブの春」が発生しかねないのである。

 このように新型コロナウイルスのパンデミックが戦後日本のエネルギー安全保障の土台を揺るがすリスクとなっていることを、日本人はもっと真剣に受けとめるべきではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月17日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。