2億円の新薬も保険適用…国を破綻させる「ムダな医療」 抗生物質の6割は不必要!?

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薬剤耐性菌の脅威

 限りある医療費を適正配置する。誰もが頷ける帰結である。ではメスを入れるべきはどんな医療なのだろうか。

 次に挙げる例は、その典型と言えるかもしれない。

 風邪をひいて診療所に行き、抗生物質を処方された……誰にでもある経験だろうが、〈抗菌薬処方 6割が不必要〉。衝撃的な見出しが朝日新聞に載ったのは、今年1月のことである。

 これは、自治医科大学などの研究チームによる論文を基にしている。同チームは、2012年4月から15年3月までの全国の外来診療のレセプト情報を調査。それによると、3年間で外来を受診し、「感染症」と診断された人は約6・6億人。そのうち、約2・7億人に抗生物質が処方されたという。

 ここで押さえておきたいのは、抗生物質とは、細菌を壊したり、細菌が増えるのを抑えたりする薬である、ということだ。ウイルスなどが原因の感染症には効果は期待できない。いわゆる通常の「風邪」はウイルスが原因であるので、抗生物質を投与しても効かないのである。

 ところが、だ。

 前述の約2・7億人に処方された抗生物質について詳しく調査したところ、そのうち56%が「気管支炎」「ウイルス性上気道感染症」など、ウイルス由来の感染症にも処方されていたのだ。

 論文は、日本において抗生物質は過剰処方であり、〈これらの抗生物質は不必要〉〈少なくとも半数は減らせる〉と断じている。

 厚労省のレセプト情報データベース(NDB)によれば、2017年度、外来で処方された「抗生物質製剤」の総額は約864億円。この56%が不必要ということは、約484億円がドブに捨てられたことになる。

「医師の中には、もしかしたらこの風邪のような症状は、細菌性の感染症かもしれない。また、風邪でもこじらせると肺炎になるかもしれない、といった恐れがあるのです」

 と述べるのは、東光会七条診療所の小泉俊三所長である。

「細菌が発熱の原因となっている場合も時にあります。そのため医師は“念のため”と、風邪でも抗生物質処方をルーチンで行う傾向がありました。それがどれだけ低い確率で、どれだけお金がかかり、副作用のリスクがあっても、“安心のため”“予防のため”と抗生物質を処方することが多かったのです。また、患者さんも『風邪=抗生物質』という“定説”が頭にあり、“抗生物質ください”と求めることも多い。出さないと“何て冷たい先生だろう”と言われ、隣の先生に行かれてしまうこともあるのです」

 本来であれば、免疫力が落ちている場合は別として、風邪にはまず、対症療法で経過を観察した上で、症状が長引いたり、こじれたりすれば、さらなる対処をする、というのが望まれる。

「加えて、抗生物質の過剰処方は医療費や副作用の問題にとどまりません」

 と、小泉所長が続ける。

「抗生物質の使用が広がれば広がるだけ、それが効かなくなる『耐性菌』も広く出現します」

 薬剤耐性菌とは、抗生物質が効かないように自らを変化させた菌。WHOの試算では、これによって、現在でも世界で年間70万人が犠牲になっているという。

「抗生物質は野放図に使うのではなく、“伝家の宝刀”として本当に使うべき時に使わなくてはならない。WHOは“このまま数十年すると、耐性菌に対応できる抗生物質が製造できなくなるのではないか”と述べています。そうなれば、何千万単位の死者が出ることでしょう」

 これはがんと同じ程度の死者数となるのである。となれば、薬剤耐性菌への対処にもまた莫大な医療費が必要となる。抗生物質を不必要に処方する医師もそれを望む患者も、他人や未来に甚大な悪影響を及ぼしていることになる。現在、WHOも日本政府も、抗生物質の適正使用に取り組むよう呼びかけている。世界的なアジェンダとも言える。

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