高校生で人生がほぼ決まってしまうフランスの超学歴社会…日本人ははるかに幸せ

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ディプロム社会

 私の大学生時代、フランスのブランド「エルメス」は日本でもこの採用スタイルをとっていました。国立大学や早慶など一部の学生のみ将来の管理職候補として応募することができ、その他の私立大学生は一般職の販売員のまま昇進しないという前提で募集しているのに驚いた記憶があります。

 フランスでは転職する人は比較的多くみられます。しかし、転職に際してもディプロムが希望職種と一致していることが応募の前提になります。職歴も大切ですが、学歴として何年その分野を学んだかが問われるのです。

 そのため一度社会に出た後に学生に戻り、希望職種のディプロムを取り直して転職する人も多く、有名ブランドの販売員がラグジュアリーブランド経営のディプロムを大学院で取得して別ブランドの本社勤務の総合職に転職した、という話も聞きます。

 フランスはかなりの学歴社会、もっと言えばディプロム(免状)社会ともいえるでしょう。企業内で経験を積めば取得したディプロムとは異なる職種への転職も可能と言うフランス人もいます。しかし、実際はそのような機会は少なく、未経験者を受け入れてくれる日本よりハードルが高いのです。

 たとえば水回りの修繕など、日本では未経験歓迎という募集を見かける職もフランスでは水道工事関連のディプロムが要求されるので、普通の高校や人文系の大学を卒業しても応募はできません。

 では大学を出ていなくて専門学校にも行かなかった学生たちはどうなるのかというと、残念ながらオフィスワーカーとして企業に就職するのは難しいでしょう。学歴不要の肉体労働やスーパーの店員などに職を求めることになりますが、大抵はスミックという国が定める最低賃金で雇用されるのが現実です。レストランに「皿洗い」として採用されたら最低賃金でひたすら皿洗いという日常を繰り返すことになるのです。

 フランスに旅行した日本人が「フランスのサービスはひどい」と感じるのは、旅行中に接するサービス業従事者に最低賃金で働く層が多いせいもあると思います。頑張っても昇進や昇給という形で報われないなら頑張るだけ無駄なのです。さぼってもいい加減にやっても待遇は変わらないのですから、彼らが自分の権利をいかに守り行使するかに終始するのも理解できます。

 このような職業の固定化は社会に格差を生み出していきます。もちろんこれまでお話ししたことがすべてではなく、コネを使った就職や面接時に交渉することで希望する職に就く人もいますし、起業したりyoutuberとなったりして収入を得る人がいるのも事実です。

 それでも私が見てきたフランス社会のマジョリティは、このディプロム主義と階層的な閉塞感の中で生きているように感じます。

 もし私がフランスの高校生で、バックを受けなかったり落ちたりして大学に進学できず、就職への道が閉ざされていたら…まさに「人生詰んだ」と思うでしょう。上を目指して頑張ることすら許されないなら、自分の立場に諦めつつ業務に手を抜いたり待遇改善を要求するストライキや、政権そのものを批判するデモに参加するなど、その立場でもがくしかないのです。実際にそのようなフランス人を何人も見てきました。

 一発逆転が叶わない、今いる階層から出られないなら、自分が置かれた居場所の中で可能な限りの権利を勝ち取り、要求、維持、拡大することに力をいれる。そのためにはデモやストライキが有効な手段になる。これがデモの正体、とまではいわなくても根底にこのような思考も存在することは否定できないでしょう。フランスは高校生もデモを行います。「黄色いベスト運動」が起こった時にはパリ近郊で高校生がデモの小競り合いから消防士を襲うという事件がニュースになりました。

 日本人の私から見るとフランスは学歴社会というより、格差の大きい階層社会です。誤解を恐れずに言うなら階層間の溝が大きく互いに不信感があり、かつての身分制度社会とも重なって見えるのです。むしろそう捉えた方が、経済活動を止めてでもデモやストライキを頻繁に行う現在のフランスの状況や構造も理解できるのです。

 10代で社会における自分の地位や方向性がほぼ決まり、決まってしまえばその後にはアメリカンドリームのような出世や成功の希望はありません。未来がある意味閉ざされているのですから、そこから生まれる諦念が富裕層や政治家への反発に繋がるのは致し方ないでしょう。高校時代に一生を決める選択をするというのが早すぎるのか妥当なのかはわかりませんが、少なくとも日本の大学受験生との意識の違いは大きいといえます。

 学歴に関係なく政治家にもなれるし幅広い職業の選択肢がある日本は、落ちこぼれても底辺からでも這い上がるチャンスが多い恵まれた国だと感じます。最近は二極化、ブラック労働などが問題視されていますが、真面目に働けば叩き上げも出世も可能でやり直しのきく日本。そういう意味では日本人は幸せだなとフランス移住後に改めて思うようになりました。

(*1レゼコー紙)
(*2ルモンド紙)
(*3LeJournalduNet.com)
(*4総務省)

ヴェイサードゆうこ
翻訳家・ジャーナリスト。青山学院大学国際政治経済学部卒。ITベンチャーから転身し、女性向けweb媒体のライター、飲食専門誌の編集記者として執筆。2016年よりフランスに移住し、現在はYouTubeで現地情報を発信中(http://bit.ly/2uQlngQ)。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月17日掲載

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