雌ライオンと呼ばれたゴーン夫人「キャロル」 略奪愛の履歴書

国際 週刊新潮 2020年1月30日号掲載

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「非情な独裁者」スターリンはグルジアワインを愛好したという。彼の大粛清で流れた血はワインの色に重ねられるが、日本脱出を果たしたゴーンと妻のキャロルがグラスを合わせたのも赤ワイン。冷徹なコストカッターの妻もまた非情だった……知られざる履歴を辿る。

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「リヨンヌ!」

 カルロス・ゴーン(65)が12歳下の妻キャロルと再会し、最初に発した言葉である。キャロルは、胸が一杯で言葉が出なかったという。仏テレビ局「LCI」でゴーン夫妻によって明かされた、再会時のやりとりだ。リヨンヌとはフランス語で雌ライオン。妻を雌ライオンと呼んだゴーンはその理由をこう語っている。

「一生懸命、夫の無実と日本の司法の酷さを訴え続けてくれたからだ」

 彼女は実際、アメリカやフランスの大統領、国際人権団体に助けを求め、様々な働きかけをしてきた。と同時に、金に物を言わせ、ゴーンの前妻を含め、事件の関係者に口止めもしている。ゴーンはその勇敢さを百獣の王にたとえたわけだが、社会部記者は語る。

「キャロルはゴーンの事件の全容を解明するための鍵を握っています。ゴーンが日産の資金を還流させ、約16億円のクルーザー『社長号』を買った件が取り沙汰されましたが、クルーザーを購入した会社の代表は彼女だったのですから」

 しかし、と続ける。

「彼女に関する情報はさほど多くないんです。レバノン生まれのニューヨーク育ちで、のちにファッションブランドを設立して経営者となった。銀行員と結婚して3人の子どもをもうけ、離婚している。そして10年ほど前、NYで開かれたパーティーでゴーンと出会い、2016年に結婚。彼女の希望で、結婚式はヴェルサイユ宮殿で行われた。日本で報じられているのは、だいたいそんなところです」

 在仏ジャーナリストの広岡裕児氏に訊ねると、

「1月16日発売のフランス誌『パリマッチ』の取材に応じたゴーンが、逃亡をめぐり、日本人の協力者の存在を示唆して日本でもだいぶ話題になったようですね。この誌面にキャロルも一緒に登場しているのですが、彼女の来歴に関する情報はありません」

 しかし海外メディアには、断片的ながら、さらなる情報が出ているという。

「キャロル関連情報は、こちらの女性誌『マダム・フィガロ』や日刊紙の『リベラシオン』といった媒体に出ています。それらを総合すればキャロルの来歴はある程度、埋まります。まず、キャロルの母親はシリアのキリスト教徒の、大ブルジョアの家系。兄が1人いて、父親は、彼女が子どものころに亡くなっています。母子3人の暮らしが続くなか、80年代に母親が再婚した。でも、“キャロルは義父との関係がうまくいかなかった”とか、“キャロルは子ども時代にいい記憶がない。父親の不在、思春期にできた義父、これらのことが彼女の今日(こんにち)のタフなキャラクターを形成した”という知人の証言もあります」

 どんな暮らしを送っていたかといえば、

「母親はインテリアデザイナーで、サウジアラビアなど、おもに湾岸諸国の裕福な家の装飾を手がけていました。キャロルと兄は母親の仕事の都合で住む場所もずいぶん変わったといいます。友人によると、ドイツの寄宿学校に行っていたとの証言もある。そしてレバノンに戻ってベイルート・アメリカン大学を出ると、母親と義父と一緒にアメリカへと渡ったんです」

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