米国vsイラン戦争回避の出来レース、2つの国が絶対口を出しては言えない本音とは

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金の切れ目がテロの切れ目!?

 これを1つの契機として、抑制的な報道が目立つようになっていく。例えば時事通信は翌9日の午前1時57分、公式サイトに「イラン報復、米軍基地攻撃 イラクに弾道ミサイル十数発―トランプ氏『死傷者なし』」の記事を掲載した。末尾を紹介させていただく。

《CNNテレビによると、イランはミサイル攻撃実施を事前にイラク政府に伝えていた。イラク側から情報を入手した米軍は、着弾までに兵士らを防空壕(ごう)などに避難させることができたという。事実であれば、イランが緊張激化に歯止めをかけるため、米兵に被害を出さないよう配慮した可能性が高い。イランのメディアは「米部隊側の80人が死亡、200人が負傷した」と伝えたが、国内向けの政治的宣伝とみられる》

 こうして徐々に「すわ、第三次世界大戦か」という懸念は減少していき、「どうやら大丈夫みたいだ」と世論も変わったわけだ。

 中東研究家の佐々木良昭氏も「私も一時期は最悪の事態を想定しましたが、このままなら両国間の緊張は緩和に向かうと思います」と指摘する。

「改めて浮き彫りになったのは、経済制裁に疲弊しているイランの現状です。イラン国内の世論がアメリカに報復すべきだと沸きたち、指導者層も一時期は頭に血が昇っていたに違いありませんが、しばらくすると『自分たちはアメリカに報復できるだけの資金を持っていない』ことに気づいたのです。イラクにあるアメリカ軍基地に数十発のミサイルを打ち込むので精一杯だったのです」

 話は少し古いが、AFP通信は2018年12月2日、「イランと韓国、原油の『物々交換』取引で合意 制裁の回避図る」と報じた。

《イランは1日、同国から輸出した原油の代金を物品で受け取る取引を行うことで、韓国と最終合意したことを明らかにした。米国がイラン産原油に対して再発動した禁輸措置の回避を図る》

 記事は“制裁逃れ”の面から解説しているが、佐々木氏は同じ動きから「イラン経済の危機的状況」も読み解けるという。

「本来であれば、イランは原油の代金を現ナマで受け取りたいわけです。国内経済に余裕があれば、制裁の解除や緩和を待とうとしたでしょう。それを『物品でいいから払ってくれ』と頼んだということは、国内で薬品など市民生活の必需品さえ枯渇している現状があるからです」

 イランの正規軍だけでなく、支援しているテロ組織の動きも鈍い。例えば「反欧米、イスラエル殲滅」を掲げるヒズボラは、レバノン国内に“ヒズボラ国”を樹立するほどの勢力を持っているが、アメリカにテロ攻撃を仕掛けたというニュースは今のところ全く報じられていない。

「簡単な話です。イランの国内経済でさえ悲鳴をあげているのに、外国の組織を援助する余裕などあるはずがありません。イランの支援が先細りしてしまい、ヒズボラを筆頭とするテロ組織は自重するしかない状況なのです」(同・佐々木氏)

アメリカとイラン、真の関係は?

 ソレイマニ司令官を殺害したことでアメリカは面子を保ち、トランプ大統領は自身の再選につなげようとしている。だが、イランはイランで、プライドを満足させた瞬間があったという。

「イランがイラクに放ったミサイルですが、アメリカに攻撃の正確性を見せつけるという真の目的があり、それは果たされたと考えていいでしょう。つまり、ミサイルはアメリカの基地を“ぎりぎりで外す”ように狙って発射され、それは達成されたわけです。イランの国営メディアが報じた『米部隊の80人が死亡』が嘘だとは誰もが分かっていることで、むしろ真実は『米兵や関係者が誰も死ななかった』ことがイラン軍の目的であり、アメリカに対する一種の恫喝にもなっている。こうしてイランの面子も保たれました。これがザリフ外相の『戦争は望んでいない』という抑制的な発言が行われた理由の1つだと考えられます」(同・佐々木氏)

 イランにとって、ソレイマニ司令官の殺害が屈辱であるのは言うまでもない。しかしながら、メリットがゼロだったかと言えば、実はそうでもないという。

 AFP通信は19年12月6日、「イラン反政府デモ弾圧、死者1000人超か、米発表」と報じた。実はイラン国内では反体制のデモが盛んに行われているのだ。

「死者が1000人という数には異論がありますが、イランの指導者層がデモの沈静化に頭を悩ませていたのは間違いありません。ところが、ソレイマニ司令官がアメリカによって殺害されると、イラン国民は反米で一致団結、反政府デモなど消えてしまいました。さらに原油価格が上昇したことも、イランにとっては歓迎すべき状況だったと思われます」(同・佐々木氏)

 そして佐々木氏は「そもそもアメリカとイラン両国は、互いを本当に敵と見なしているのか、そこに疑問を持ちながらニュースを見てほしいのです」と推奨する。

「アラブ世界ではイスラム教スンニー派が90%と多数派です。リビア、エジプト、スーダン、サウジアラビアなどがスンニー派国家として知られています。ところがイランは、少数派とされるシーア派の国家です。これだけでもアメリカにとってイランは、価値があります。イランが一定の存在感を示す限りは、中東の一体化が阻まれ、アメリカが中東をコントロールできる余地が大きくなるからです」

 イランが軍事大国化していくと、サウジやアラブ首長国連邦、ヨルダンという国々はアメリカの軍事兵器を購入する。佐々木氏は「半分は冗談ですが、アメリカはイランにどれだけ感謝しても感謝しすぎるということはないのです」と言う。

「“敵の敵は味方”という諺もあります。国際政治、特に中東となると、簡単に“敵”や“味方”を色分けすることは不可能です。司令官が暗殺され、イランが報復を行った時は緊張しましたが、両国のパフォーマンスだけが目立って沈静化に向かいつつあります。もちろん杞憂で終わるに越したことはありません。しかしながら、国際的な茶番を見せられた印象も拭えないのです」

週刊新潮WEB取材班

2020年1月11日掲載

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