熊谷男女4人殺傷事件 16歳少女の「やっちゃえ!」が生んだ地獄【平成の怪事件簿】

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 未成年が起こした平成の凶悪事件にあって、「熊谷男女4人殺傷事件」は特殊なケースといえるかもしれない。実刑判決を受けた少女は、自らが手を下すことはしなかった。「キモ過ぎ」「殺されて当然だよ」の言葉でもって、血みどろの殺戮を引き起こしたのだ。(上條昌史 ノンフィクション・ライター)

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「今も他人が包丁を手にしているのを見ると、腕がこんなふうに硬直してしまうんです」

 被害者の一人A子さんはそういって、棒のように伸ばした腕をさすり、顔をゆがめた。2005年の取材時のことだ。

 天気の具合によって、刺された胸の傷跡が、すごく痛むという。そんなときは立っていられず、思わず屈み込んでしまう。夜は、ちょっとした物音に反応して起きてしまうので、ラジオをつけっぱなしにして寝ているという。

「事件の公判が始まってからは、円形脱毛症になりました。被害を受けたことによるPTSDだと診断され、今も東京の病院へカウンセリングに通っていますが、なかなか症状はよくなりません」

 A子さんは、犯人たちに6時間にわたって拉致されたあげく、目の前で知人たちを次々に殺傷され、最後は主犯格の男に小屋の中に連れ込まれた。口淫を命じられ、それを拒否すると、瞬間接着剤を鼻と口に塗布され、ロープを頸部に巻き付けられて絞め上げられ、胸を刺されて意識を失った。

「次はわたしの番だ…-」と思い続けた、恐怖の一日。そのとき体と心に受けた深い傷は、おそらく一生癒えることはない。そしてA子さんの怒りと無念さは、事件に関わっていた一人の少女に向けられる。

 2003年の夏、埼玉県熊谷市で起きた男女4人の拉致殺傷事件。その発端となったのは、当時16歳になる少女、吉村カオリ(仮名)の「やっちゃってよ」という一言だった。主犯格の男は、暴力団関係者の尾形英紀(当時26)、もう1人は15歳の少年Aである。

 尾形はカオリの言葉に煽られるように、カオリの元交際相手の鈴木秀明さん(享年28)を殺害し、その現場に居合わせた鈴木さんの同僚女性A子さんら3人を拉致、殺傷したのである。

 事件後、3人は逮捕された。カオリは・殺人ほう助罪などで起訴され、2004年11月18日、懲役5年以上10年以下の実刑判決を受けた。

 逮捕直後、カオリは自分には非がないと考えていた。しかし1年以上に及ぶ拘置所生活の中で次第に事件への自覚を持ち始め、反省の色を見せ始めたという。

 なぜ年端のいかない16歳の少女は、大人の男たちを手玉に取るような交際をし、凶暴な男をけしかけて、元交際相手の男性を殺害させるよう仕向けたのか。

「やっちゃえ」

 カオリが鈴木さんに会ったのは、2003年の6月頃だという。熊谷駅周辺で飲食店従業員を勧誘していた鈴木さんがカオリに声をかけて、2人は知り合いになり、カオリは鈴木さんのアパートで寝泊まりするようになった。

 カオリは当時、家を出て、熊谷市内の友人の家を泊まり歩く日々を送っていた。寝る部屋を快く提供してくれる鈴木さんは、カオリにとって都合のよい友人だったのだろう。カオリによれば、2人の間には最後まで肉体関係はなかったという。

 そして同年7月上旬、カオリは同じく熊谷駅周辺で、妻子のある尾形英紀に声を掛けられ、今度は即日、肉体関係を持った。そして尾形が経営するゲーム喫茶店に出入りするなどして、尾形と交際するようになった。

 鈴木さんはカオリに対して、どのような感情を持っていたのか。同僚のA子さんによれば、鈴木さんは「最近彼女ができた」と、嬉しそうな様子を見せていたという。

 男性の家に肉体関係なしで寝泊まりしながら、別の男性と交際をする少女。そんなカオリにとって、鈴木さんの存在は次第に欝陶しいものになっていったようだ。

 この頃、カオリは尾形に対して、「奴は彼氏でもないのに、部屋にいないとすぐ電話をかけてきて、今どこだとか、誰といるんだとか、私のやっていることをしつこく聞いてくる。私の家の方まで探しに行ったらしい。奴は私を自分の彼女だと思っているみたい。本当にうざい。キモい奴だよ~」と漏らしている。

 それを聞いた尾形は、7月下旬、2人の待ち合わせ場所まで出かけ、「カオリは俺の女なんだよ。手を出すんじゃねぇ」と鈴木さんを恫喝し、カオリから手を引くように要求した。

 このため、カオリはいったん鈴木さんに鍵を返し、実家に戻る。しかし程なく、熊谷市内の友人宅を泊まり歩くようになり、なぜか再び鈴木さんに連絡を取って、鈴木さんが不在中に、アパートの部屋を使用させてもらうようになった。

 8月16日、カオリがその部屋で寝ていると、勤務先から帰宅した鈴木さんが、身体を触ってきた。胸を触られ、服を脱がされそうになった。そこでカオリは、「ふざけたことしやがって。マジうざい」と、鈴木さんに嫌悪感を募らせるようになる。

 同月18日、カオリはこの出来事を、熊谷市内のファミリーレストランで尾形と少年Aとランチを取っているときに、尾形に訴える。

「目が覚めたら、無理やり押さえつけられて、服を脱がされそうになって、やられそうになったんだ」と、カオリは言う。それを聞いた尾形は、激昂した。

「あの野郎、俺をなめやがって。ただじゃすまねぇぞ。あれだけ言ったのに、人の女に手を出しやがって。人の女と分かっていて手を出すってのは、喧嘩売ってんのと同じだよな。今から奴んとこ行って、やっちゃうべ」

 カオリは、その尾形の言葉に対して、こんなふうに答えたという。

「そうだよ、やっちゃって。やっちゃってよ。やっちゃえ、やっちゃえ」

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