新浪剛史(サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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創業精神は変えられない

新浪 サントリーは非常に日本的な会社ですが、ビーム社という米国の会社を買ったからには、きちんと説明責任を果たすことが求められてくる。

佐藤 そこに論理がいる。

新浪 ええ。言葉が違い、バックグラウンドも違う人たちにわかりやすく説明するには、ロジックが必要です。ダイバーシティ経営には当たり前のことですが。

佐藤 論理には二つあって、まず数学のような非言語的な論理がある。もう一つは言語的な論理で、重要なのは論理的な日本語、論理的な英語が使えることですよ。

新浪 そうです。英語はとても論理的にできた言葉ですね。ただストレートワードだから時々カチンとくることもある。

佐藤 我が家では夫婦で微妙な話をする時、妻もロシア語ができるので、ロシア語に切り替えますよ。ロシア語の方がストレートにものが言える。

新浪 私も家で妻と話す時には、全部英語です。ただ喧嘩が絶えない(笑)。

佐藤 でも外国語で話した方が感情的にカチンとくることが少ないんじゃないですか?

新浪 そうかもしれない。私はどちらかというと、日本的なところが多いんですよ。だからそれを乗り越えていかなければいけない。ここでもWho we are? ですよ。ambiguousというのか vague というのか、日本では曖昧なところに価値を置く。それを是とする部分から変えていかなくてはいけない。もちろん曖昧さは、お互いが争わないようにする一つのメッセージで、その良さがあるのもわかる。でも世界の会社とやっていくには、結論は明確にしなければなりません。賛成したと思っていたら、3カ月後に実はあれは賛成じゃないとなれば、大揉めに揉める。これでは生産性がすごく悪い。

佐藤 そうですね。

新浪 日本人は、物事をはっきり言ったり言われることで、感情を害するところがあります。でも反対であると表明するのは、相手の人格を否定することではない。そこに議論を生み出し、最終的には合意を形成していくというプロセスで、ここを乗り越えないと、日本の会社は世界でやっていけないんですよ。

佐藤 イギリスの生物学者にリチャード・ドーキンスという人がいます。生物は遺伝子の乗り物で、遺伝子が自身を残すように振る舞うという「利己的遺伝子」の概念で有名ですが、文化においてもミームという遺伝子があると言っています。企業にも文化の遺伝子があって、それはなかなか変わらない。だから外圧がすごく大事になってくる。長寿の企業は、どこも生き残るため、ゲノム編集的に自身の遺伝子に別のいい遺伝子をつなぐということをやっていますよね。

新浪 ええ。我々にしてもこの修羅場をくぐったことで、企業が変わり始めた。こうしたことに挑戦していくのがサントリーなんです。

佐藤 少し広げて考えると、そこはサントリーの文化ですよね。音楽のサントリーホールとか、広範な分野の研究者たちを育ててきたサントリー学芸賞とか、様々なことをされている。それは企業戦略だけれども、ある意味ではやらなくてもいいことですよね。それはサントリーが非上場だから、つまり全責任を引き受けられるから、できることじゃないかと思います。

新浪 サントリーとしては、絶対に譲れないこともあります。それは創業者である鳥井信治郎の創業精神です。事業で得た利益は「事業への再投資」に留まらず、「お得意先・お取引先への還元」、そして何より「社会貢献」に役立てていこうという「利益三分主義」。それと、誰もやらなかったことに挑戦していく「やってみなはれ」の精神。この二つは海外の企業と一緒になっても譲れない。

佐藤 そうした根っこがあるから、逆に譲るところは譲ることができるんじゃないでしょうか。原理原則や基本ラインがないと、何でもこちらの主張を受け入れろとなって、交渉が決裂してしまう。

新浪 ええ。ここだけは考えてやってくださいという原理原則があれば、あとは自由にやってくださいと言えますからね。仕事のやり方にも文化があります。だからビームサントリー社の経営のトップは現地の人ですし、こちらからお目付役的なナンバー2は送っていません。そこは向こうのローカルマネジメントに任せている。

佐藤 お目付役を置かないというのは非常に重要ですよ。二重構造になりますから。旧ソ連には共和国がたくさんありました。その国々の第1書記は地元の人です。でも第2書記は必ずロシア人、つまりお目付役です。地方に行って、私が2等書記官の名刺を出すと厚遇されるんですよ。本来、大使館では下っ端ですが、秘密警察じゃないかと思われるんですね。それがソ連時代の文化でした。

新浪 トラスト(信頼)をどう作るかはすごく難しい。一般的に日本企業はお目付役を出します。とくに財務部門ですね。でも我々はそれをしないで、30~40歳くらいの中堅どころを何十人も生産や営業部門に出した。その彼らが現地で随分と評価を得て、結果としてミドルマネジメントから現地に溶け込んでいくことになりました。これがよかった。この、上からやるのではない、というのもサントリー主義です。

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