神津里季生(日本労働組合総連合会(連合)会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

ビジネス 週刊新潮 2019年10月24日号掲載

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増税か、国債発行か

佐藤 大きな政策だと、慶應義塾大学の井手英策教授の「オール・フォー・オール」を高く評価されていますね。みんながみんなで支え合う仕組みを、お金で渡すベーシック・インカムではなくて、一つ一つメニューを立ててベーシック・サービスでやっていく。私はその動きを非常に興味深く見てきました。

神津 民進党時代に前原誠司さんが大きく打ち出しました。

佐藤 そうです。ただ井手教授の見通しが現実から離れているなと思うのは、財源を消費増税でやろうと主張していることなんですね。この国の政治は、消費増税を掲げたら与党も野党も致命的な打撃を被ることになる。

神津 ようやく消費税が10%に上がりましたが、社会保障と税の一体改革に関する三党合意の後、野田政権は瓦解しました。先の選挙でも野党は軒並み消費増税反対でした。

佐藤 ただ未来に何の手も打たないわけにはいかない。その時、それでも消費増税に踏み込むのか、あるいは国債の大規模発行にするのか。自国通貨を持つ国はどんなに借金をしてもいいというMMT理論が取り沙汰されているのは、国債を出したいという雰囲気があるからだと思うんですよ。

神津 そうですね。

佐藤 それでは、連合は消費増税なのか国債の発行なのか、どちらなんでしょう?

神津 私は国債だけを選択肢にすることはできないと思っています。これだけの借金の積み上がりを見ると、返済不能ということも大いにありうる。財政破綻で真っ先に悪影響を被るのは、私たち労働者であり、制度なら社会保障と教育です。労働組合の立場からすると、破綻の可能性を織り込んだ選択は取るべきじゃない。

佐藤 よくわかります。

神津 かたや消費税ですが、政策要請で「消費増税は予定通りやってください。ただし軽減税率はダメです」と要請しました。ところが消費増税賛成とだけ世の中にメッセージが伝わってしまい、連合に批判が寄せられました。消費税でなくてもいいんです。負担の構造がきちんと担保されるのなら別の税目で構わない。ブログなどでもそう発信したんですが、所得税の累進性はこれでいいのか、法人税も国際競争のために低くしているがこれが妥当なのか、あるいは金融取引の税でもこの税率でいいのか、などいろいろな議論が必要です。

佐藤 今は税率を低くして金融取引を奨励し、それでGDPをかさ上げしようとしていますからね。

神津 社会保障や教育を、どう財政的に担保していくのか。そのトータルの姿が与党も野党も描けていない。

佐藤 理念としては、高福祉高負担か、低福祉低負担の二つがある。でも中途半端にやっていると中負担低福祉みたいなことになってしまう。

神津 それが実際の姿じゃないですか。

佐藤 行政への不信がある限りは、将来への不安から、手元に少しでも可処分所得を残しておきたいというのが国民心理ですからね。増税反対は致し方ないところがある。

神津 それで悪循環に陥るんです。

佐藤 消費税については、すぐ機械的に、高所得者より低所得者の税負担率が大きくなり、逆進性が強いと言う人がいますね。その起源は19世紀にプロイセンの社会主義者ラッサールが書いた『間接税と労働者階級』だと思うんです。でもあの時代の間接税は、再分配が想定されていない。集めたお金は軍事や治安に使う時代でした。だから当時の感覚で消費税を考えてはダメで、増税分が所得の低い層にどう再分配されるかを見ないといけない。

神津 そうですね。消費税でも控除の仕組みで低所得者対策をきちんと入れれば、逆進性は解消されるはずなんですけどね。そこが全く議論の俎上に載せられないのは残念です。ただその前に、そもそも今の政治で税収をきちんと確保できるのか、厳しいところがある。国力を盛り返していかないと、財政破綻は起きるべくして起きるんじゃないでしょうか。

佐藤 だから格差の是正とともに生産性の向上も必要になってくる。それには労働組合を通じて、労働者のやる気を引き出し、会社や社会を強化し、国家を強くするというボトムアップの流れを作っていくということでしょうね。

神津 労働者を取り巻く状況は、本当に厳しさを増しています。その中で個々の労働者は一所懸命に働いている。日本人は働くことに価値を見出し、そこで自己実現を図ろうとする。そうした労働観は独特のものです。日本の社会はそこに寄りかかりすぎているんじゃないでしょうか。でも限界があります。手遅れになる前に、喜びをもって働ける社会の仕組みをきちんと作っていかなければならないと思っています。

神津里季生(こうづりきお) 日本労働組合総連合会(連合)会長
1956年東京都生まれ。東京大学教養学部卒。79年、新日本製鉄に入社。84年に本社労働組合執行委員長となり専従役員の活動を始める。外務省と民間の人事交流で90年より3年間、在タイ日本大使館に勤務。その後、新日鉄労連会長、基幹労連中央執行委員長などを経て、2013年に連合事務局長に就任、15年より同会長。

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