消えた「三原じゅん子参院議員」の初入閣 カメラマン暴行事件がネックになった?

国内 政治 2019年9月12日掲載

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安倍推しに転身

 彼女は「二足のわらじを履けるほど国会議員の仕事を甘くは考えていない」として、当選した場合は、女優を引退すると宣言し選挙活動に取り組んだ。ある意味、立派である。

「出馬が決まった時にも、彼女の紹介は『金八先生』ばかり。その後、女優として代表作と言える作品に出合えなかったわけで、女優業引退に躊躇はなかったでしょうね。むしろ、それを武器にして、柔道と議員活動の両立を宣言していた民主党のヤワラちゃん・谷亮子を、『死ぬ気でやっているほかの候補に失礼だ』などと批判。敵を想定した戦い方は大したものでした」(同・政治部記者)

 まさにケンカを売るヤンキー選挙。およそ16万8000票を獲得して見事当選した三原議員、その後の動きも素早かった。翌年「週刊新潮」(11年3月17日号)のグラビアでは趣味のプラモデルを披露している。

「カーレースが趣味というのは知っていましたが、プラモデルは初耳でしたね。しかも、夢中になっているのは戦艦大和や護衛艦といった軍事モノという。それじゃあ、石破さんの趣味そのままですからね。彼女が国会で発言した“八紘一宇”も石破さんの歴史観の影響という声もあります。ブログでも石破さん推しだったように、12年の自民党総裁選では彼女は石破さんに投票しました」(同・政治部記者)

 そして参院2期目となる16年7月の選挙では、比例ではなく神奈川県選挙区から出馬した。
 
「実はこの時、自民党からの公認がなかなか下りませんでした。というのも、彼女が総裁選で安倍さんではなく石破さんを支持したからです。もともと安倍さんのお気に入りだっただけに、裏切り者と見なされるようになっていたんです。彼女らしくない見込み違いでしたが、なんとか公認をもらえて、当選できたわけです」(同・政治部記者)

 さぞやつらい選挙戦だったかと思えばそうでもない。16年10月には、24歳年下の公設第2秘書だった中根雄也氏との再々婚も発表された(結婚時、中根氏は私設秘書)。参院選で彼女の選挙スタッフとして働いた縁で、8月から交際に発展、9月に公設秘書となり、すぐに同棲をスタートしたという。

「ツッパリなのか、肉食なのか分かりませんが、切り替えの速さは見事と言って良いかもしれませんね。2期目に入った彼女、その後の安倍推しは見事ですよ」(同・政治部記者)

 その証明とも言えるのが、今年6月24日、参議院本会議で彼女が、問責決議案を提出された安倍首相を庇い、返す刀で野党を叱りつけた迫力の演説だ。

〈……政権交代から6年余り。民主党政権の負の遺産の尻拭いをしてきた安倍総理に、感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど、全くの常識外れ、愚か者の所業とのそしりは免れません。野党の皆さん、もう一度改めて申し上げます。恥を知りなさい!〉

 こうした功績もあって、初入閣の声が出たようだ。ところが、コンプライアンス厳しき時代、昔の話とはいえ、筋金入りのツッパリ人生ですね……。

週刊新潮WEB取材班

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