教育熱心な父親が中学受験勉強中の息子を「教育虐待」して刺殺するまで

社会 週刊新潮 2019年8月29日号掲載

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あなたも加害者と紙一重という「教育虐待」――おおたとしまさ(1/2)

 子どものために、と親は本気で思っているが、過度な期待の下、わが子に行きすぎたしつけや指導をしてしまう。そんな教育虐待がいま各地で報告されている。他人事だと思うだろうか。だが、虐待で子どもをつぶしてしまうか、いなか、だれでも紙一重である。

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 2016年8月21日、愛知県名古屋市で当時小学6年生だった佐竹崚太(りょうた)君が、胸を包丁でひと突きされて亡くなった。犯行におよんだのは、崚太君の中学受験勉強を二人三脚で見てきた父親だった。

 19年6月21日から7月19日まで10回にわたって開かれた公判では、教育熱心な父親がわが子を刺殺するに至るまでの経緯が事細かに検証され、検察は被告人・佐竹憲吾(51)の犯行を「教育の名を借りた虐待」と非難した。

 憲吾被告は日ごろから、刃物をちらつかせることで崚太君を脅し、勉強させていた。最初はカッターナイフだったが、それがペティナイフになり、包丁になった。事件前々日夜には、車の中で崚太君の太ももに包丁を押し当てて「オレが覚えろと言ったものはすべて覚えろ」「書けと言ったら死ぬほど書け」と脅していた様子がドライブレコーダーに残っていた。

 事件当日憲吾被告は、起床が遅れなかなか勉強にとりかからなかった崚太君にいらだち、包丁で脅したところ、崚太君が泣き出したためさらに激高した。そして気づいたときには崚太君の胸に穴が開いていた。憲吾被告は刺した瞬間のことを覚えていないと何度も証言した。おそらく本当に記憶を喪失しているのだろう。あまりにショッキングな事実から自分の心を守るための防衛本能である。

 いくら勉強しないからと、わが子に包丁を突き刺すなど、あまりに異常な事件に思えるかもしれない。しかしなかなかやる気を出さないわが子についカッとなり、手をあげてしまったことのある親は少なくないのではないか。実際、親に手の甲を鉛筆で刺されたことがあるという話を、私は最近立て続けに2人から聞いた。いずれも受験勉強の最中のことである。そのとき包丁を持っていなかったことが幸いだったと思うしかない。

 受験生を抱える親の心境はそれほどまでにきわどいもの。教育熱心であればこそ、魔が差す瞬間は突然やってくる。

 子どもの受容限度を超えて勉強させることを、近年「教育虐待」と呼ぶようになった。限界を超えて勉強させること自体が教育虐待であり、無理やり勉強させる手段として、暴言・暴力・威圧行為が用いられる。また、そこまでして勉強させる背景として、子どもの進路を親が勝手に決めている場合が多い。

 前述の事件も教育虐待の典型例だといえる。憲吾被告は、崚太君本人が中学受験を望んだとくり返したが、崚太君の母親は「勉強をやめたいと言えないような空気だったからではないでしょうか」と訴えた。憲吾被告もその弟もその父親もそろって名古屋の超進学校の出身で、崚太君は幼いころから同じ学校に通うようにと、親戚一同から期待されていたのだ。名古屋地裁は7月19日、憲吾被告に懲役13年の実刑判決を言い渡している。

 教育虐待の結果、子が親を殺す場合もある。有名なのは1980年に予備校生が金属バットで両親を撲殺した事件だ。進学を巡って東大出身の父親との間に強い葛藤があったことがわかっている。2006年には奈良県の有名進学校の高校生が継母とその子どもたち合わせて3人を殺害し、家に放火した。少年は父親から医師になることを命じられ、成績が悪ければ罵倒され、暴力も振るわれていた。08年の「秋葉原無差別殺傷事件」の犯人・加藤智大死刑囚が、幼いころから母親による強烈な管理教育を受け、凄絶な虐待を受けていたこともわかっている。

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