「悲しい時の作り笑いは精神の毒薬」 臨床心理の専門家が語る
「悲しい時こそ笑顔を」。自己啓発系やスピリチュアル系の書物、あるいはビジネス書にも、そんなアドバイスがしばしば顔を出す。実践している人も少なくないだろう。確かに、自分を励ますという意味では効果がありそうにも思える。
しかし、臨床教育学博士の岡本茂樹氏は近著『いい子に育てると犯罪者になります』の中で、「悲しい時に無理して笑うことは精神の毒になる。やってはいけない」と断言している。
「作り笑い」で自殺未遂にまで追い込まれた有名人
実際、決意して無理な笑顔を浮かべ続け、自殺未遂するまでに追い詰められてしまった有名人がいる。演出家の宮本亜門氏だ。当時のことを宮本氏は、自伝『ALIVE(アライブ)──僕が生きる意味をみつけるまで』(2001年)や、NHKのドキュメンタリー『わたしが子どもだったころ』(2008年)などで赤裸々に語っている。
新橋演舞場の近くで生まれ、母親が松竹歌劇団のダンサーだった宮本氏は、幼い頃に日本舞踊を習っていた。ある時、稽古を終えてから学校に行った宮本氏はいじめにあう。首におしろいが残っているのを級友に気づかれたのだ。
「男のくせに化粧してる。えーい、女、女」
級友にはやされ、ひどく落ち込んで帰った宮本氏は、母親に「踊りをやめたい。女みたいってバカにされた」と告げた。
その宮本氏に、母親はこう返答したという。
「バカねえ。何にも恥ずかしいことないじゃない。みんなの方が変なのよ。芸事がわからない連中はほうっておきなさい。いいわね。ほら、元気出して。笑って」
母親の言葉を聞いて、それまで暗い表情だった宮本氏は、無理に笑顔を作ろうとした。「いい子」になろうとしたのだ。
この時のことを宮本氏は自伝『ALIVE』の中で、「『日舞を習うことは、普通と違うことなんだ。みんなには言わないようにしよう』と心に決めた。それまでは、いたって天真爛漫な子どもだったのだが……」と記している。
小学生にして、悩みを抱え込むという悲壮な決意をした宮本氏は、その後、嫌なことがあっても笑顔を作ることにした。しかし、その笑顔は「こわばっていた」。そして、「こわばった笑顔」の宮本青年は、高校生になって不登校、ひきこもり、自殺未遂を経験することになる。
子どもの言葉は、ただ受け止めればいい
自分がいじめれらたことを子どもが親に言うのは、ものすごく勇気のいることである。逆に言えば、それは子どもから発せられた「助けてくれという信号」なのだ。
「だからこそ、励ましや助言は『正論』となって、逆に子どもの心を閉ざさせることになる。正論を言ってはいけない。親はただ、子どもの否定的感情を受け止めればいい。母親がそうしていれば、宮本さんも苦しい思春期を過ごさずに済んだかも知れません」(岡本氏)
宮本氏はその後、精神科に通院し始める。担当医師は、指示や助言はいっさいせず、「君のことが知りたいんだ。どんな風に育ったのか、僕に聴かせてくれないかな」と穏やかに彼に語りかけた。自分のことを分かってくれようとする人がいて、その人の力を借りて抑圧していた自分の否定的感情を解放する。そうすることで、ようやく宮本氏は立ち直ることができたのである。
では、宮本氏のようにいじめられた経験を子どもから告げられた時、親はどうすればいいのだろうか?
「正解はありませんが、私が親なら『何かしんどいことがあったの? どんなことがあってもお母(父)さんは君の味方だから』と言って、子どもを抱きしめるでしょう」(岡本氏)。
精神に特効薬はない。親が最初にすべきは、無理に子どもを励ますことではなく、共感を持って事実を受け容れることなのだ。