「四世紀ぶりの孤立」を招いた文在寅、日本と北朝鮮から挟み撃ち

鈴置高史 半島を読む 国際 韓国・北朝鮮 2019年8月20日掲載

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慌てて前言を撤回

――韓国企業まで逃げだすとは……。

鈴置:そんな時に、キム・ソンジュ理事長が韓国の弱点である金融市場を日本との新たな戦場に設定してしまったのです。その「無知」と「過剰忠誠」には青瓦台(大統領府)も頭を抱えたと思われます。

 FTの記事が出た翌8月13日の夕刻、左派系紙のソウル新聞に「独自ダネ」と称してキム・ソンジュ理事長のインタビュー記事が載りました。「国民年金理事長 『日本の戦犯企業への投資制限は絶対にあってはならぬこと』」(韓国語)です。

――180度、変わりましたね。

鈴置:「日本株売り」宣言の軌道修正を図ったのです。青瓦台から命じられた可能性が高い。キム・ソンジュ理事長は、ソウル新聞には「韓国の国民年金が日本から資金を引き揚げれば、日本も同じように動くかも知れず、そうすると韓国がより損をする」と説きました。

――国民年金の理事長がそんなことにも気づかず、「日本株を売る」と宣言していたということですか……。

鈴置:この政権は経済を全く知らない人が経済を担当するので危ないこと極まりありません。空気が読めない人でもあるのでしょう。

 文在寅政権は8月5日から対日姿勢を微妙に変えていました。というのに、キム・ソンジュ理事長はその後のFTとのインタビューで強硬姿勢を打ち出してしまったのです。

 韓国がいわゆる「ホワイト国」から外された8月2日、文在寅大統領は日本を「盗人猛々しい」と猛烈に非難しました。

 しかし、強硬姿勢は損になると判断したと思われます。「日本との勝てない戦争を始めた」戦犯に認定され、「やめろ」コールに見舞われたためです(「韓国株・為替ともに急落 日韓経済戦争の『戦犯』文在寅に保守から『やめろ』コール」(8月5日)。

GSOMIAで米国から警告

 そこで文在寅大統領の日本に向けた発言は8月5日を期に、急におとなしくなりました。米国から「警告」があったのかも知れません。

 東亜日報は「米国務省の局長級の高官が8月上旬に訪韓し、日本とのGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄しないよう求めた」と報じました。「米、韓国に『軍事協定の継続を』要請」(8月15日、日本語版)です。

 文在寅政権は、米国を味方に付けて日本を叩く作戦でした。日韓GSOMIA破棄はその最強カードのつもりだったようですが、逆に米国からは「そんなバカなことするな」と警告されてしまったのです。

 文在寅大統領の8月15日の光復節演説に、激しい対日批判の文言が入らなかったのも、不思議ではないのです。

――日本の新聞でも「軟化」が話題になりました。

鈴置:もちろん、文在寅政権が基本的な対日姿勢を変えたわけではありません。金融という自らの弱点に火が燃え移りかけたので、それを消すため「問題の鎮静化に動くフリ」をしているだけです。

 その証拠に、韓国外交部は英独仏伊の4カ国に外交官を送り、日本の輸出管理強化の不当性を訴える、と中央日報は報じています。

韓国外交部、欧州に外交官を派遣して日本輸出規制の不当性を伝達」(8月14日、日本語版)です。日本に対しては「話し合おう」と言いつつ、世界では日本を批判して回っているのです。

「犬」扱いされた青瓦台

――要は「苦渋の光復節演説」だったのですね。

鈴置:ええ。「苦渋」と言えば、対日だけではなく、北朝鮮に関しても「苦渋」の演説だったのです。北朝鮮は短距離弾道ミサイルと多連装ロケット砲を撃ちまくっています。

 最近の「ミサイル挑発」は韓国への恫喝が目的です。射程が短いことから、トランプ(Donald Trump)大統領も黙認の姿勢を明確にしています(「日・ロ・中・朝から袋叩きの韓国 米韓同盟の終焉を周辺国は見透かした」参照)。

 露骨な「韓国孤立作戦」でもあるのです。というのに8月15日、光復節演説で文在寅大統領は北朝鮮に対話を訴えました。

 翌8月16日、北朝鮮から直ちに「回答」が来ました。韓国時間・午前8時過ぎに北朝鮮は2発の短距離弾道ミサイルを発射。7月25日以降の22日間で、6回目の発射となりました。

 さらに、対韓国窓口機関である祖国平和統一委員会が「私たちは南朝鮮(韓国)の当局者らとこれ以上語ることもなく、再び対座する考えもない」との報道官談話を発表したのです。

 文在寅大統領を嘲笑するくだりもありました。以下、「我が民族同士」の「祖平統代弁人、朝鮮に言い掛かりをつけた南朝鮮当局者の妄言を糾弾」(8月16日、日本語版)から、文章を整えて引用します。

・南朝鮮でわれわれに反対する合同軍事演習が盛んに行われている時に、対話の雰囲気だの、平和経済だの、平和体制だのという言葉を、いったいどの面をさげて吐いているのか。

・公然と北南間の「対話」をうんぬんする人の思考が、果たしてまともなのか、疑わしい。実にまれに見る、厚かましい人である。

――文在寅大統領の人格攻撃に及びましたね。

鈴置:これはまだ、おとなしいほうです。「朝鮮外務省米国担当局長、軍事演習のため北南接触が困難と強調」(8月11日、日本語版)では青瓦台は「怖気づいた犬がもっとも騒がしく吠える」と、犬扱いされていました。

文在寅の「食い逃げ」に怒る金正恩

――北朝鮮はなぜ、こんなに怒っているのでしょうか。

鈴置:韓国の裏切りが原因です。2018年6月の史上初の米朝首脳会談は、両国の情報機関が水面下で交渉し実現にこぎつけました。

 ここに韓国が割り込んで入り、自分が仕切ったフリをしました。もし、初の米朝首脳会談に関係しなければ、「自分たちの運命がかかった会談にも我々は蚊帳の外だ」との国民の不満が爆発しかねなかったからです。

 北朝鮮もこれを受け入れ、文在寅政権に仕切ったフリをさせてやった。見返りにはドルを貰うとの約束があったに違いありません。

 なぜならその後、文在寅政権は米国や日本、欧州の反対を押し切って「ドルの送金パイプ」である開城工業団地や金剛山観光開発を再開しようとしたからです。しかし、トランプ政権の拒絶により送金計画は頓挫しました。

 2019年4月11日のワシントンでの米韓首脳会談が実質2分間で終わってしまったのも、文在寅大統領が開城工業団地などの再開要求を持ち出すのを防ぐためでした(「金正恩が文在寅を〝使い走り以下〟の存在と認定 韓国『ペテン外交』の大失敗」参照)。

 さらには、文在寅政権は「金正恩(キム・ジョンウン)政権の使い走り」「北朝鮮の核武装を幇助する危険な政権」と世界から見切られました。

 文在寅大統領も動きが取れなくなりました。3月1日の「3・1節演説」では「開城工業団地と金剛山観光開発の再開」に言及しました(「米国にケンカ売る文在寅、北朝鮮とは運命共同体で韓国が突き進む〝地獄の一丁目〟」参照)。

 しかし8月15日の「光復節演説」では一切触れなかった。そこで北朝鮮は「食い逃げ」された、とさらに怒ったのです。

ドルを寄こさない韓国とは対話せず

――なるほど!「食い逃げ」ですか。

鈴置:北朝鮮から漏れてくる情報によれば、金正恩委員長は米国との首脳会談に応じることで韓国からドルを得るつもりだった。しかし韓国は約束のドルをくれないし、米国は経済制裁を緩めない。

 北朝鮮の経済は苦しくなる一方で、金正恩政権への不満が高まっている。金正恩政権は韓国に「早くドルを送れ!」となりふり構わず叫ぶしかないのです。

 先に引用した「祖平統代弁人、朝鮮に言い掛かりをつけた南朝鮮当局者の妄言を糾弾」(8月16日、日本語版)には、北朝鮮の憤まんと焦りが顔をのぞかせています。朝鮮語特有の言い回しが残っていますが、そのまま引用します。

・歴史的な板門店(パンムンジョム)宣言の履行が膠着状態に陥り、北南対話の動力が喪失されたのは全的に南朝鮮当局者の恣行の所産であり、自業自得であるだけだ。

・南朝鮮当局が今回の合同軍事演習が終わった後、何の計算もなしに季節が変わるように自然と対話の局面が訪れると妄想しながら今後の朝米対話から漁夫の利を得ようと首を長くしてのぞいているが、そのような不実な未練はあらかじめ諦める方がよかろう。

 「約束通りにドルを寄こさない韓国」を非難したうえ「再び対座する考えもない」との結論につなげたのです。

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