「京アニ」犠牲者の実名公表、警察が異例のアンケート 遺族が語る公表への思い

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悼むことすら出来ない

 津田幸恵さんの父親の伸一さんは、

「これまでも何か事件が起これば、『こういう事件がありました。加害者はこの人で、被害者はこういう人です』という発表があったわけですから、それと同じでいいのではないかな、というのが私の考えです」

 と、こう語る。

「特に今回の事件では、監督やアニメーターの方も巻き込まれている。そういう方にはファンも多かったわけで、皆さんやきもきして苦しんでいると思います。安否を心配して苦しいのは親族だけではありません。警察が公式に発表する前から私が幸恵の名前を公表していたのは、幸恵の友人や安否を気遣ってくれている人に伝えたほうがいいと思ったからです」

 ただし、「実名の公表」と「遺族への取材」は切り離して考えて欲しい、と伸一さんは話す。

「名前が公表されたから取材をしていい、ということではありません。取材を嫌がる人がいたら、すっと引いて欲しいと思います。ただ、こういうことは遺族それぞれに考えがあることなので、私はそう思う、ということです。今思えば、取材を受けて色々話している時だけは多少気が紛れていたように思いますが、やはり取材陣がどっと来るのは苦痛です」

 10人の実名が公表された後、事件現場に設けられた献花台に花を手向けに来ていた20代の男性は、

「西屋太志さんが総作画監督を務めた『聲の形』が大好きなので、今回、西屋さんの名前があってショックでした。発表される前、ネット上では安否が分からないという情報が出ていましたが、嘘か本当か分からないので信じないようにしていました」

 と話していたが、評論家の呉智英氏はこう指摘する。

「実名が出なければ亡くなった方を悼むことすら出来なくなってしまう。それに、今回の事件の被害者の方々は人気のアニメプロダクションで働いている人たちですので、実名を公表されることで社会的不利益を被る可能性は低い。警察が一部しか名前を出さなかった理由が全く理解できません」

 少年犯罪被害当事者の会の武るり子代表は、

「今はインターネットがあって、実名が公表されると色々と良くないことがあるのかもしれません。が、“報道されない被害”があることも知って欲しい」

 と、訴える。

「私の場合、少年犯罪で息子を失ったのでマスコミにほとんど扱われなかった。それで私と主人は顔も実名も出して声をあげたのですが、しばらく経ってようやく記事になった。その記事を見て、息子の存在が認められたような、息子が生きてきた証を得られたような気持ちになれたのです」

 早稲田大学大学院法務研究科非常勤講師の田島泰彦氏の話。

「報道機関が事件を報じることは、記録でもあります。その記録に被害者の名前が出ていなければ、それを見た人間が事件を追認識する手がかりが少なくなってしまう。また、警察だけが情報を掌握し、被害者の名前を公表するか否かを決めるというのは極めて危険なことだと思います」

 しかも今回、こうした前例が作られたことで、

「他の事件・事故でも今後、同じような対応が取られていくでしょう」(同)

 事件や事故が起こる度、被害者はA、B、Cといった「記号」を割り振られる。そんな社会が健全であるはずがない。

週刊新潮 2019年8月15・22日号掲載

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