神奈川逃亡事件で考える“保釈問題” 被害者が語る“保釈中に海外逃亡した詐欺師”への怒り

国内 社会 2019年7月12日掲載

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保釈率32・7%の恐怖

 田辺被告が“欠席”のまま判決を下すのか、裁判所は迷う。すると、後に懲役6年の実刑判決が下った矢野千城被告が、関係者に「タバコを吸ってきていいですか?」と訊く声が聞こえた。

 真摯な反省を示した大須被告の態度と、田辺・矢野両被告の振る舞いはあまりにも違っていた。鈴木さんは怒りを抑えるのに苦労した。

 田辺被告を除く3人は法廷に来ていたが、「全員が揃わないと判決は下せない」と裁判所が判断し、3月19日に延期が決まった。ところが19日の鈴木さんは仕事で忙しく、やり直しの公判は傍聴できないことが分かった。

 被害者の会の副会長に判決の連絡を頼み、19日を迎えた。鈴木さんのスマホでLINEに新着メッセージが入った。見ると「今日も田辺被告は来ていません。『逃げたのではないか』と騒ぎになっています」と副会長が書き込んでいた。

「もう頭に血が昇って、『ふざけるな!』と心の中で叫んでいましたね。その日のうちにマスコミが『海外に逃亡した可能性が高い』と報じ、事実関係を把握しました。今でも心の中には様々な疑問が渦を巻いています。なぜ保釈を決定したのか、逃亡を許したことに裁判所はどう責任を取るつもりなのか、なぜ出国を許したのか、今後、どうやって逮捕する気なのか……。逃げて没収される保釈金も、私たちの被害弁済には充てられません。これも複雑な気持ちになります」(鈴木さん)

 田辺被告の妻が外国籍であることを、鈴木さんは記者との情報交換などを通じて把握していた。海外に足場があったからこそ、国外に逃亡したのだろう。にもかかわらず、裁判所は田辺被告の保釈を決定した。逃亡防止の対策は、あまりに杜撰だったというほかあるまい。

 しばらくすると世間でも保釈に対する関心が高まっていった。大きな影響を与えたのは3月と4月にカルロス・ゴーン被告の保釈が認められたことだ。

 NHK総合の「クローズアップ現代」(毎週火~木、22:00)は6月に「保釈か 勾留か どう考える?日本の司法」を放送したが、NHKから依頼を受けた鈴木さんは取材に協力。「なぜ保釈を認めたのか疑問だ。憤りは隠せない」などのコメントが放送された。

 鈴木さんはオンエアも見たが、番組では会社の元経営者が経済的な困窮から特殊詐欺に受け子として加わり、詐欺未遂で逮捕された事例も紹介されていた。元経営者は保釈され、家賃の未払いを解消して住居を失うことを防ぐなど、そのメリットも語られた。鈴木さんは複雑な心境になったという。

「保釈にも一定の役割があることは理解できました。それでも、どうして保釈という制度があるのか、やっぱり腑に落ちないんです。被害者を脅迫した被告や、殺人などの重罪犯に保釈の必要はないと思います。詐欺事件なら被害弁済を行っていない被告に保釈を認めるべきではないでしょう」

 保釈を決めた裁判官は「この被告に逃亡の恐れはない」と判断したわけだが、神でもない人間にそんなことが可能なのだろうか。保釈されて初めて、逃亡を決心する被告だっているはずだ。

「たとえ保釈された被告が逃亡したとしても、100パーセント逮捕できますというなら納得できます。しかし、実際にそんなことはありません。保釈された被疑者や被告にGPSを装着させるのは現実的な措置だと考えますが、『加害者側の人権を侵害している』と批判する方もいらっしゃるのでしょう」(同・鈴木さん)

 ここで産経新聞の「誰が責任を取るのか」の記事に戻ろう。なぜ、近年になって保釈が増えているのか解説した部分だ。産経新聞は元号を使っているが、それを西暦に改めた。

《犯罪白書によると、保釈中に再犯で起訴された被告は2007年に85人だったが、2017年には246人となり、10年間で約3倍に増加した》

《保釈の運用に変化の兆しが表れたのは2006年。当時の大阪地裁部総括判事が法律雑誌に発表した論文がきっかけとされる。保釈について、証拠隠滅の現実的で具体的な可能性があるかを検討すべきだとし、否認や黙秘をただちに「証拠隠滅の恐れ」と結びつけることを戒めた。保釈請求を許可する割合(保釈率)は2000年の13・5%から2017には32・7%と倍以上に増加した》

 ジャーナリストの日垣隆氏は03年、『そして殺人者は野に放たれる』を上梓、現在は新潮文庫で読むことができる。殺人の罪に問われた被告が、心神喪失を理由に無罪判決が下って「野に放たれる」現状を描いた衝撃作だ。

 だが、日垣氏が詳細に取材したのは「無罪」の被告が野に放たれた現状だから、その点に関してなら理屈は通っているのかもしれない。今の私たちが直面しているのは、裁判で「有罪」が認められたにもかかわらず、「野に放たれてしまう」現実だ。

 この現実に納得できないのは、決して検察官や犯罪被害者だけではない。

週刊新潮WEB取材班

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