学習よりも機械翻訳 “機械様”に読みやすい日本語(古市憲寿)

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 高校1年生の夏休み、英語の宿題に薄いペーパーバックを渡された。100ページにも満たない、映画「レインマン」のノベライズだったと思う。今から思えば何てことのない難度のはずなのだが、当時の僕は途方に暮れていた。いくら薄いとはいえ、英語だけで本を1冊読み通すなんてできるのかと。

 そこで頼ったのがパソコンを使った機械翻訳だ。しかし2000年当時の性能は惨憺たるものだった。苦労して全文をソフトに打ち込んでも意味不明の日本語にしかならない。結局、辞書を片手に自力で英文を読み通すしかなかった。

 それから約20年。僕自身の英語力は多少ましになった。一応は留学経験もあり、英語ではあまり困らない。

 だけど20年で僕の英語力以上に変わったのは、機械翻訳のクオリティだ。当時は影も形もなかったグーグル翻訳はすさまじい進化を遂げ、世界中の言語を一瞬で翻訳してくれるようになった。僕も海外のニュースを読むときは、まず機械翻訳を使う。それで論旨を把握した上で、意味のわからなかった箇所だけ原文に当たればいい。ウェブサイトをまるごと訳すのはもちろん、スマホ用のアプリでカメラ機能を起動させて外国語を撮影すれば、瞬時に日本語にしてくれる。海外のレストランのメニューを読むときなど本当に便利だ。

 グーグル以上に有能なのが「みらい翻訳」だ。国の研究機関の成果を活用したサービスなのだが、翻訳がとにかく自然。たとえば安倍首相が新天皇即位にあたりスピーチした「国民代表の辞」を例にしてみよう。

 原文は「天皇陛下におかれましては、本日、皇位を継承されました。国民を挙げて心からお慶(よろこ)び申し上げます」。みらい翻訳を使って、官邸が公式に発表している英語版の当該箇所を翻訳すると「本日、天皇が即位されました。日本国民は、陛下に心からのお祝いを申し上げます」となる。そのへんの学生に訳されるよりも、よほど正確だ。事実、みらい翻訳の英文和訳は、TOEIC960点レベルらしい。

 安田洋祐さんという超優秀でイケメンなのに、よくギャグが滑る経済学者がいる。アメリカのプリンストン大学で博士号を取っているだけあって英語は堪能だ。その安田さんもみらい翻訳を活用しているという。

 こうなってくると、いよいよ英語学習の優先度は下がってくる。もちろん人類にとって、しばらくは対面コミュニケーションが重要だろうから、外国語学習が無用ということではない。

 だけど語学の習得にはとにかく時間がかかる。ビジネス誌では定期的に英語特集が組まれるが、機械翻訳の活用法をレクチャーしたほうが実践的だと思う。

 だけど実はそれはそれでテクニックがいる。試しにここまでの文章をみらい翻訳で英訳したところ、一部の文章で主語が取り違えられていた。正確な翻訳を期待するなら、主語を明確にして、一文を短くするなど、機械様が読みやすい日本語を書かなければならないのだ。機械様という嫌味な表現などもよくない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2019年6月27日号掲載

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