「元農水次官」がエリート校出身の息子を刺殺するまでの「家族の肖像」

社会週刊新潮 2019年6月13日号掲載

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 元農林水産事務次官の熊沢英昭(76)に殺害された長男、英一郎さん(44)の家庭内暴力は、中学2年の時に始まっていたという。長きに亘った家族の修羅。それに“結着”をつけた元次官の背中を押したのは、直前に起こった無差別殺傷事件だった――。

 殺人事件が起こった際、断罪されるべきは犯人のみである。社会や時代といった要素はあくまでそれに付随するものとして語られるに過ぎない。しかし、今回の事件は犯人の罪そのものより、社会の暗部を我々に突きつけているように見える。ある無差別殺傷事件が別の殺人事件の呼び水になる。その点だけを見ても、今回の事件は「異様」の一言だ。

 事件現場となったのは、東京都練馬区にある2階建ての一軒家。「息子を刺し殺した」と熊沢元次官が自ら110番したのは、6月1日午後3時半頃だった。犯行に使われたのは台所用の洋包丁で刃渡り15~20センチほど。英一郎さんは胸など10カ所以上を刺されており、約1時間後に搬送先の病院で死亡が確認された。

「当日は家に隣接する小学校で運動会が行われており、“(音が)うるせぇな。ぶっ殺してやる”と騒ぐ英一郎さんを熊沢元次官が注意し、口論になっていた。取調べでは、先日、川崎市で小学校の児童ら20人が殺傷された事件に触れ、“息子があの事件の容疑者のようになるのが怖かった”“周囲に迷惑をかけたくないと思った”と供述している」(警視庁関係者)

 熊沢元次官は都立上野高校から東大法学部へ進み、1967年、当時の農林省に入省している。2001年1月に農水省トップの事務次官に就任したが、BSE(牛海綿状脳症)への同省の対応に批判が集まり、翌02年1月に辞任した。

「彼はとても穏やかで面倒見も良く、上司からも部下からも慕われていた」

 と、農水省の同期。

「同期で大臣官房秘書課長を務めたのは彼だけ。省内調整の能力と、篤い人望がなければ秘書課長は任せられませんが、彼はまさに適任でした。オックスフォード大に留学していたこともあり、非常に英語が達者で国際交渉にも長けていた。彼はアメリカにある日本大使館の1等書記官をしていたこともあるのですが、その時、“君の英語はクイーンズイングリッシュだね”とからかわれた、と本人が言っていました」

 仕事一筋の「堅物」だったかというとそうでもないようで、

「彼はすごく歌が上手で芸達者なのです。演歌から民謡、日本の古い小唄まで歌います。同期の結婚式では、いつも彼が作詞を手掛け、別の同期が作曲した曲を披露してくれました。お酒も強かった。彼自身の結婚は確か、30歳くらいだったと思います。奥さんとの仲は良く、最近も何度か夫婦で旅行に行かれたそうです」(同)

 熊沢元次官と最後に会ったのは今年2月の同期会で、

「いつも通り、元気そうに見えましたけどね。息子さんと娘さんがいることは何となく知っていましたが、その時も特に家族の話はしていませんでした」(同)

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