「元農水次官」がエリート校出身の息子を刺殺するまでの「家族の肖像」

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コミケで父と肩を並べ…

 子どもには良い教育環境を、と考えたのだろう。英一郎さんは都内屈指のエリート校である私立駒場東邦中学、高校の出身。妹は学習院女子中等科から高等科、学習院大学へと進んでいる。ただし、英一郎さんはこの時期、後の人生に影響を及ぼしたであろう挫折を経験している。駒場東邦からは毎年、数十人が東大に入るが、彼が進んだのは代々木アニメーション学院。高校の時の同級生によれば、

「クラスの中でもいわゆる“オタク”のグループに属していました」

 家庭での「異変」はそれよりも前に起こっていた。前述した通り、中学2年の時から家族に暴力を振るうようになったのだが、その原因の一つは学校でのいじめだったという。

 英一郎さんのものと思われるツイッターのアカウント「ドラクエ10ステラ神DQX」にはこんな記述がある。

〈私が勉強を頑張ったのは愚母に玩具を壊されたくなかったからだ〉

〈だから中2の時、初めて愚母を殴り倒した時の快感は今でも覚えている〉

〈愚母はエルガイムMK-IIを壊した大罪人だ。万死に値する。いいか?1万回死んでようやく貴様の罪は償われるのだ。自分の犯した罪の大きさを思い知れ。貴様の葬式では遺影に灰を投げつけてやる〉

 これらはいずれも17年のツイートだが、それ以前から、自身のHPにも同様のことを書き連ねていた。

「熊沢英一郎さんとは、04~05年頃に知り合いました。コミックマーケット(コミケ)で当時、私が作っていたマンガの同人誌を購入してもらったのがきっかけで、最初はメールでのやり取り、その後、彼がHPを開設してからは日記や掲示板での交流がありました。当初、私は自分の作品にファンがついたと喜んでいたのですが……」

 と、知人の一人が語る。

「彼のHPを閲覧し、日記や掲示板の書きこみを見ると、いわゆるネット弁慶的な暴言、母親に対する激しい憎悪、自分の病気自慢や自己中心的、誇大妄想的な発言が多々あった。ちなみに、それらの記録は今は見られません。で、深く付き合うのは面倒な相手だと思い、付かず離れずを常に意識していました。また、好きな物には盲信的、嫌いな物は蛇蝎の如くといった一面も強く窺えました」

 ある時、この知人が自らのブログで自分がヘビースモーカーであることを匂わせたところ、

「それ以降、コミケで会う度に差し入れとしてタバコを1カートン贈られるようになりました。また、私が新刊を出すとほぼ毎回、同じ物を複数冊購入してくれました。数千円もかかる差し入れをしたり、同じ作品を複数冊購入する人は他にはいません。どこか、他の人とはズレた感覚があるように感じていました」(同)

 英一郎さんは自分の作品を売る側としてコミケに参加したこともあったという。

「その時に一度、お父様にもお会いしました。コミケのブースに挨拶に伺った時に隣の初老の方を指し、“父です。父もあなたのファンなんですよ”と言っていましたね」

 そう話すこの知人は15年頃まで英一郎さんとの交流があったというが、

「05年から10年頃までは、彼との会話の中で、パン職人をしている、との話がありました。彼が作ったシュトーレンというドイツの焼き菓子を差し入れに頂いたこともあります」

 英一郎さんは12年に「ドラゴンクエストⅩ 目覚めし五つの種族 オンライン」が発売されると、それに関するツイートを頻繁に行うようになった。

「彼は自分のツイッターやドラクエ10内のチャットで『元事務次官の息子』であることを公言し、それを盾に『お前たちは私にはかなわない。生まれた時から環境が違う』といった内容の発言を繰り返し、他者に対する誹謗中傷をしていました」

 そう語るのは、英一郎さんのネット上の知人。

「そのために彼は他の人からの“ウォッチング対象”になっていたのです。中にはバカにするような人もいて、そういう人たちに対して彼は『お前らみたいな底辺が私に歯向かうな』と反論。そういうトラブルを何度も起こしていたようです。また、彼はアカウント停止処分になったことがあるらしく、ゲームの運営会社であるスクウェア・エニックスに対しても不信感を抱いていました」

 働きもせず、ゲームとネットにどっぷり浸かった生活を送っていた英一郎さんが、練馬の実家で再び両親と暮らし始めたのは事件の1週間ほど前だった。

「それ以降、口癖のように“ぶっ殺す”と言い、両親を殴ったり蹴ったりする状況が事件当日まで毎日続いていた」(社会部デスク)

 前述した通り、事件当日、英一郎さんは隣接する小学校の運動会の音に文句を言い、“うるせぇな。ぶっ殺してやる”と騒いでいた。それを目の当たりにした熊沢元次官の脳裏に川崎の事件がよぎり、息子を殺害する決意をメモに記した上で犯行に及んだのだ。

週刊新潮 2019年6月13日号掲載

特集「あなたの隣にいる 『中年ひきこもり』の正体」より

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