「元農水次官事件」で浮かび上がる「家庭内殺人」 「子どもに殺される前に子どもを殺して」と願う親たち

社会2019年6月4日掲載

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 元農水事務次官が息子を殺害した事件では、父親がトップエリートだったこともあって、高い注目を集めているが、実のところ、親族間の殺人そのものは珍しくはない。むしろ殺人事件の中では、もっともポピュラーな部類となる。

 2017年のデータでは、殺人事件摘発件数のうち、55%が親族間で起こっていた。当時の警察庁のまとめでは親族間で起きた暴行事件容疑の摘発件数はこの10年で4倍近く、傷害容疑は2倍近くになったという。

 家族間の事件の原因として、精神疾患など障害や、長期に亘るひきこもりがあげられるケースも多い。今回の事件も、原因のひとつが息子のひきこもりだったとされている。

 問題は、精神疾患や障害については、本人や周囲に病気であるという認識が乏しく、医療につながれていないことも多い点だ。

 その問題にいち早く相対してきたのが、株式会社トキワ精神保険事務所の押川剛氏である。押川氏は、精神障害者移送サービスという、強制拘束を否定し、対話と説得によって患者を医療につなげるスタイルを確立し、これまでに千人を超える患者と向き合ってきた。著作『「子どもを殺してください」という親たち』で、精神障害者と家族の関わり方についてこのように述べている。(以下「 」同書より抜粋、引用)。

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「『子供を殺してくれませんか』

 これは子どもの暴力や暴言に悩んだあげく、私のところへ相談に来た親たちの言葉です。そんな馬鹿な、と思われる方もいるかもしれませんが、真実です。他にも『子供が死んでくれたら』『事故にでも遭ってくれたら』『もう自分たちが子供を殺すしかない』などという訴えも聞きます」

 衝撃的な言葉の数々だが、どれも押川氏が実際に耳にした言葉だ。切実な家族の叫びに聞こえるが、その家族にこそ、やるべきことがあると押川氏は訴える。

「私が一番に申し上げたいのは、『家族も治療者の一人であるという自覚を持つ』ということです。家族の決断や支えなくし、患者の回復はありません。

 子供の問題行動に悩まされ、『親子の縁を切る』と言葉にするのは簡単ですが、今までと同じ生活を続けながらそれを行う手立てはありません。

 家族である以上、この問題からは容易に逃れることはできません。何も見ないふりをして、ずるずると先延ばしにするか、黙って耐えるか、あるいは正面切って向き合うか。決断するのもまた、家族でしかないのです」

殺すか殺されるかという「命」のやりとり

 同書は同名で漫画化もされており、第1話には、荒井慎介(仮名・21歳)という統合失調症患者が登場する。エリート一族として生まれた彼が、その病に冒され、親からも見放され、暴力事件を起こし、医療刑務所に収監され、出所後は精神科病院に入り、自らが作り上げた妄想の世界で生きる様子が描かれている。

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 押川氏は「俺が伝えたいのは、本当に症状の重い方ほど、医療や福祉のケアが行き届いていない現状があるということだ。支える家族も疲弊しきっており、殺すか殺されるかという『命』のやりとりにまで達している。世間では、認知症含め障害にまつわる家族間事件も多発している。だが、事件化するほどヘビーな家族の問題に限って、家の中に隠され、一般の人は真実を知りようもない。社会問題化する以前に、『実態』を知ってもらう必要があるのだ」と訴えている。

デイリー新潮編集部