上皇・上皇后さま「おもてなしの宿」秘話 被災地の「美智子さま」ガッツポーズに涙

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美智子さまのガッツポーズ

 桃農家を訪ねることになっていた翌日も、雨は止むどころか土砂降りだったと、ひで子女将が話を継ぐ。

「あちこちで土砂崩れが起こってしまったので、陛下がお気を遣われて、視察は中止になったんです」

 そこで急遽、桃農家の方が旅館を訪ねる形となり、選ばれたのが宿の会議室。「瑞光」という98平方メートル程の決して広くはない部屋に、桃農家とJA関係者など、総勢10名程が集まり、非公開の懇談会を催した。

「上皇さまと美智子さまに桃を召し上がって頂き、お二人とも『美味しい』と完食されたと聞いています。福島の桃は貰っても捨てられちゃう時だったんですよ。本当に嬉しかった」(同)

 お見送りする際も、心揺さぶられるお言葉があったと、ひで子女将が続ける。

「フロントに整列していた私たちとスタッフは、上皇さまと美智子さまが目の前を通られる時に、お顔を拝見してからお辞儀をします。美智子さまのお顔が見えましたので頭を下げようとした瞬間、美智子さまと目が合いました。そうしたら美智子さまは、微笑んで、両手で小さくガッツポーズして、『頑張るのよ、頑張って、頑張って』と仰るんです。私、頭を下げたら、ぽろぽろっと涙が溢れてきちゃって……。震災当日のこと、それ以降の出来事が次々に思い浮かんでしまい、涙が止まらなくて、もう頭を上げられませんでした」

 宿を後にしたお二人は、帰路を変更されたそうで、

「吉川屋からそのまま福島駅に行かれる予定でしたが、わざわざ桑折の方をぐるっと回ってから帰られたんですよ。住民の皆さんも待っていましたから」(同)

 再び涙を流しながら、ひで子女将はこうも言う。

「私は、生きて天皇陛下にお目にかかれ、お声をかけて頂いて、この上なく幸せです。なにがあっても頑張ろうって気持ちになりました……」

 その土地に根差し、住民の暮らしと共にあるのが地域の宿というもの。災害に見舞われた際、旅館は避難所を兼ねることもある。単に旅行者を泊めるだけに止まらず、どんな時であろうと人をもてなす心を忘れない。だからこそ、お二人との間にも心あたたまる交流が生まれたのだ。

山崎まゆみ(やまざき・まゆみ)
温泉エッセイスト。新潟県生まれ。観光庁「VISIT JAPAN大使」。跡見学園女子大兼任講師として「温泉と保養」をテーマに講義。著書に『だから混浴はやめられない』など多数。最新刊『さあ、バリアフリー温泉旅行に出かけよう!』。

週刊新潮 2019年5月16日号掲載

特別読物「『上皇・上皇后』再訪されたい『おもてなしの宿』」――山崎まゆみ(温泉エッセイスト)より

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