池袋暴走事故 なぜ運転手は逮捕されないのか 元警察官僚、古野まほろ氏が分析

社会2019年5月10日掲載

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逮捕は手続きの一つ

 ――「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」以外に、現行犯逮捕できない理由はあるか。

「パッと検討するかぎり、例えば、(1)『違法な身柄拘束中の自白は証拠能力を否定される』というルールが思い浮かぶ。例えば、違法な逮捕によって得られた自白は、その内容がどうあろうと、裁判所に無視されてしまうというルールだ。これを本件に当てはめれば、無理矢理現行犯逮捕しても、その逮捕が違法と認定されてしまえば、その後の被疑者調書が紙くずになるリスクがある……ということを意味する。すなわち、有罪判決をもらうどころか、起訴すら危ぶまれることになりかねない。今般の事件においてそれは許されない。

 あるいは、(2)『身柄拘束は適法でも、病気中の状態の被疑者がした自白は、任意にされたものでない疑いのある自白として、証拠能力を否定され得る』というルールも思い浮かぶ。これは例えば、今度は現行犯逮捕が『適法』であっても、被疑者の病状が取調べに耐え得ない程度ならば、たとえ自白が得られても、やはり裁判所に無視されてしまうというルールだ。そのリスクなり結果なりは上に述べたのと一緒だが、弁護人は病気・負傷というファクターがあるのなら、必ず、自白に任意性がないことを主張してくるだろう。

 はたまた、(3)捜査手続法の基本原則である、『捜査は、なるべく任意捜査の方法によって行うべきものである』という規定も思い浮かぶ。これを本件に当てはめれば、『逮捕できるときであっても、それをしないで捜査の目的が達成できるのなら、逮捕はすべきでない』という法令の縛りがあることになる。

 ……他にも論点はあろうが、とりあえず上の(1)~(3)だけを勘案するとしても、本件においては、『後々違法とされるおそれがある現行犯逮捕には意味がない』『被疑者の病状をしっかり見極めなければ取調べにも調書にも意味がない』『そもそも捜査の原則は任意捜査だと弁護人に主張されてしまう』ということが言える。とすれば、とりあえず任意捜査を実施し、必要があれば後日通常逮捕をするという警視庁のかまえは、むしろ適切である」

 ――法令に照らし適切とのことだが、ならば何故ここまで世論が沸騰したと思うか。

「『雇用、給与、ポスト、医療費、社会保険料、生活水準等についての世代間の対立』といった、その方面の専門家でない私には論じられない問題を除けば……『逮捕こそが処罰の前提』『逮捕そのものが罰』あるいは『逮捕されない=おとがめなし』といった強いイメージがあるからではないか。実際、警察ドラマのクライマックスは逮捕であるから。

 ただし捜査手続法上、逮捕は、必要不可欠なものでもなければ処罰の前提でも罰でもない。辱めを与えるものでもない。逮捕は、被疑者を確保し、その逃亡や罪証隠滅を防止し、その供述を得るなどするための『手続の一つ』で、しかも『中途の手続の一つ』だ。

 より重要で死活的なのは、検察官による『起訴』であり、そしてその目的はもちろん『確定有罪判決を得ること』である。通常、それを確実にするために逮捕をするのだが……むしろ警察としては本能的に『逮捕をしたい』と思うものだ……逮捕をしなくてもその目的が達せられるのなら、何も手段を目的にすることはないし、そもそも法令上逮捕ができない場合もある。もとより、逮捕をしなかったからといって、警察が犯罪と被疑者を甘く見ているわけでもない。処罰が軽くなるわけでもない。

 そうしたことを始め、捜査手続あるいは刑事裁判の在り方等を、被害者遺族の方、被害者の方には丁寧に御説明するシステムが、平成を通じて整えられてきた。ただ、事件の当事者でない人々にどう説明なり広報なりをするかは、現在進行形の捜査に係る秘密を守る必要もあることから、難しい面もある。いずれにせよ、市民の理解と協力は警察活動の基盤であるから、過度の誤解があるのは、市民と警察の双方にとって不利益なことである

なお警視庁は、逮捕という強制捜査こそ実施していないが、例えば「被疑者自宅のガサ」という強制捜査なら既に実施している。もし妙な圧力なり配慮なりがあるというのなら、ガサなど論外となるはずだが……」

──では何故まだ起訴されないのか。遅いのではないか。

「捜査手続法上、逮捕事件であれば、起訴するかどうかの判断に明確なタイムリミットが課せられるが(多くの事件ではおおむね23日後となる)、逮捕しないときにはそのタイムリミットが存在しない。ゆえに、逮捕しないときにいつ起訴がなされるかは、刑事裁判に勝てるだけの証拠がどれだけ確保できたかによる。すなわち事件ごとに千差万別とならざるを得ず、事件とその証拠の詳細を把握しないかぎり、機械的に『遅い』『早い』の判断はできない」

 ――重要な事件では逮捕が普通ではないかと思われるが、事件のタイプに応じて、これは逮捕する、これは逮捕しないといった明確な基準はあるか。

「事件が100あれば100通りの捜査がある。すなわちタイプは無限にある。ゆえにそのような一般的な基準は作れないし、作っても実効性を欠く。

 大きく報道されるような事件に身柄事件が多いのは、法的な判断としてはやはり『逃亡のおそれ』又は『罪証隠滅のおそれ』がそれだけ大きいからである(ちなみに『犯罪の軽重』等は、この2つを判断するための材料とされる)。

 加えて、逮捕は、刑事裁判を見据えて戦術的に行うものである。逮捕には、確かに警察にとってのアドバンテージもあるが、他方で例えば、おおむね23日のタイムリミットが課せられてしまうなどの制約もある。ゆえにそこには、どこまでを任意捜査でやるか、どこで身柄を獲るか等についてのギリギリの判断がある。また既に述べたように、そもそも逮捕したいところで『法令上できない場合がある』という制約もある。そうした意味で、逮捕には、プロの、職人的な、個別具体的な判断が必要となる。機械的な判断には適さない」

 ――結局、退院後に通常逮捕もされないとなれば、また世論は沸騰すると思われるが。

「重ねて、逮捕は処罰の前提ではないし、罰でも辱めでもない。捜査上最も大切なことは、被害者遺族の方、被害者の方のため、被疑者を確実に起訴し、刑事裁判で確定有罪判決を得ることだ。そのための証拠が逮捕なくして確保できるとき、ただ『逮捕のための逮捕』をすることは『みせしめ』であり、通常逮捕を審査する裁判官の納得も得られはしない。

 他方で、いやそうでなく任意捜査では限界がある、事件の組立て上身柄を獲るしかない、と判断されれば、当然通常逮捕をする流れになろう。しかしそれは、具体的に捜査を担当し、証拠を収集・評価し、供述を吟味する捜査員らにしか判断できないことである。捜査中の事案について十分な情報を得ることができない我々外野としては、断片的・表層的な情報のみによって物事を臆断することなく、真に被害者遺族の方・被害者の方のためになることは何か、それらの方を社会でどう支えることができるかを考えるべきと思う」

古野まほろ
東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部修士課程修了。学位授与機構より学士(文学)。警察庁I種警察官として警察署、警察本部、海外、警察庁等で勤務し、警察大学校主任教授にて退官。警察官僚として法学書多数。作家として有栖川有栖・綾辻行人両氏に師事、小説多数。

デイリー新潮編集部

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