「日本共産党」が党名変更しない理由 志位委員長が引き合いに出した“オウム”の名

政治2019年5月7日掲載

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 夏の参院選に向けて「野党共闘」の動きが注目されているが、野党が一枚岩になる上でネックになるのが異質の日本共産党の存在である。他の野党からはアレルギーを和らげるために党名変更に期待する声まで出始めているが、やはり共産党には共産党なりの事情があるようで……。

 来る参院選の前哨戦とされた4月21日投開票の衆院2補欠選挙は、野党共闘をめぐって明暗がくっきり分かれた。

 与野党一騎打ちの構図となった沖縄3区は、無所属の野党統一候補である屋良朝博氏が自公候補を約1万7000票引き離して圧勝した。

 しかし大阪12区は、野党間の選挙協力は空中分解した。共産党の現職衆院議員だった宮本岳志氏が辞職して無所属で出馬したものの、同選挙区における共産党の過去の最低得票数を下回るほどの惨敗に終わった。共産党関係者が恨み節を漏らす。

「我が党が現職国会議員を辞職させて補選に擁立させたのは初めて。野党共闘を促すために自由党の小沢一郎代表(当時)が、渋る志位和夫委員長の背中を強く押した。共産党の看板を下げることで他の野党が支援しやすい環境を作る“ステレス作戦”だった。しかし推薦した自由党を除き、立憲民主党も国民民主党も自主投票にとどめ、実質動かずじまい。崩せない“壁”があることを如実に示す選挙だった」

 宮本氏が無所属で立候補しようが離党したわけではない。身分は党中央委員のままで、いかに取り繕っても「共産党候補」だったのである。イデオロギーや基本政策では相容れない他の野党が忌避するのも無理はなかった。

「共産党を除くという“壁”は崩壊した」。志位委員長がこう高らかに宣言したのは、2017年1月に静岡県熱海市で開かれた第27回党大会のことだ。同大会には当時の民進、自由、社民3党の幹部が出席した。共産党が他党幹部を党大会に迎えたのは初めてだった。志位氏は、国政選挙での野党共闘を着実に進め、安倍政権打倒と将来の野党連合政権樹立を訴えた。

 あれから2年余り。その間に希望の党結成に伴う民進党瓦解や立憲民主党誕生など野党の構図も様変わりしたが、選挙協力をめぐって「共産党を除く」という状況は足踏みのままである。

 こうしたなか改元を目前に国民民主党と自由党が合併を合意した。野党共闘に後ろ向きだった立憲民主党の枝野幸男代表も、衆参同日選も視野に参院選1人区と衆院選挙区での野党間の候補者調整に本腰を入れる方針を示した。改元を挟んで野党共闘のムードがにわかに高まってきたが、その枠組みに共産党を迎えるかどうかは別次元の話だ。

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