日本アカデミー賞「カメ止め!」主演の濱津隆之、所属事務所決定“さらばバイト生活”

芸能2019年2月1日掲載

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演じることも諦めて

 濱津は1981年、埼玉県川口市に生まれた。幼い頃から人を笑わせることが好きで、中学では60~70年代のソウル、ファンク、R&Bを聞いて育った。

 千葉県流山市の東洋学園大学に進学したことで、将来の目標が最初に定まる。学園祭の運営局に入り、お笑い芸人のステージを準備したり、司会進行を進めたりするうち、芸人を志すようになったのだ。

 卒業後にNSC(吉本総合芸能学院)へ入学。同期とコンビを組み、将来を嘱望する声もあったが、1年で休止。もう1つの夢だった音楽の世界に挑戦し、DJに転進を果たす。だが芽が出ることはなく、30歳を目前にしてDJも断念せざるを得なかった。

「音楽は完全にダメだと諦めることができたので、芸人の世界に戻ろうかとも考えました。しかし芸人も挫折したのだから、それをもう1回やるのは違うと考えたんです。そして思い出したのが、芸人の時にコントをやっていたことです。もしかすると自分は演じることが好きなのかもしれないと思い、ぼんやりと役者を意識するようになりました」

 まずは大手のエキストラ会社に登録。その会社が運営する養成所にも通い、俳優として名前も登録した。だが演技を練習しても手応えを感じることなど全くなく、仕事が来るはずもない。言いようのない不安の中で日々が過ぎていく。

「そもそも大学を卒業してからずっと不安でした。でも、他の生き方ができないのも事実なんです。芸人がダメ、音楽もダメということで役者の世界に飛び込みましたが、恥ずかしながら舞台や演劇という世界も知らなかった。テレビと映画における役者さんの漠然としたイメージしかなかったので、本当に何も分からないままやっていましたね」

 そう振り返ると、濱津は「今でも役者というものを分かっていないですけど」と言い添えて微苦笑を浮かべた。

「養成所で知りあった先輩の舞台に初めて出させてもらったのが初めての演技でした。それをきっかけにエキストラ会社が運営する事務所を辞めて、自分でオーディションを探して、受けて、合格したら舞台に立つ、という生活が始まりました。そして次第に諦めることを覚えていったんです」

“諦める”とはどういう意味か。芸人の世界に飛び込んだ時は「絶対に売れてやるぞ!」と血気盛んだった。しかし、挫折を味わって音楽の世界に転進しても、やはり売れることはできなかった。

 だから役者に挑戦した時は、「年齢も年齢なので、この世界でやっていくしかない」と考えるように変わっていた。

「演技の理論を勉強したこともあります。『自分の役を理解するため、その役の履歴書を書いてみなさい』という助言に従ったこともあります。『俳優はしっかり声を出して発声する』といったイメージを自分で勝手に描き、無理やり自分に合わせようとしたこともあります。ただ、役者の“定石”全てが自分にぴったりくるわけでもなかったんです」

 自身に「演技力がある」と実感したことなど、ただの一度もない。「カメ止め!」での演技が恥ずかしくて、画面の中の自分を自分で見られるようになるのも大変だったほどだ。

 芸人や音楽の世界を諦めたのと同じように、濱津は役者としても次第に“上手く演じる”ことを諦めていく。

「演じるって本当に大変です。自分にそんな能力はない、役作りなんてできないと自覚するんです。実際の舞台やワークショップでダメ出しをされていくうちに、極力、自分に近いところでできる演技に辿り着きました。台本を読む時でも、『この役を、こう演じるんだ』と頭で考えるのではなく、『この役を自分のキャラクターに近づけて演じることができたらいいな』と寄り添うようにしたんです」

 濱津から肩の力が抜けた。自分の“素”を演技に持ち込むようになれた時、運命的な出会いを果たす。もちろん、その相手は上田監督だ。

「上田監督がもともと、キャストの人間味みたいなものを好きになってくれて、そこを活かそうと思ってくれたのが本当に大きいですね。実はキャストの、ほぼ全員が、演技指導を受けていません。むしろ演じる姿が出すぎると、『普段のままでお願いします』とNGになるくらいでした。僕も極力、自分に近いところで演じることができていて、それを観客の皆さんが楽しんでくださったのなら、とても嬉しいですね」

 映画が大ヒットすると、濱津は上田監督に間違えられることが増えた。少なからぬ観客が、上田監督が本当に自分の映画で主演していると誤解したのだ。それだけ濱津の演技がリアルだったということだろう。

 その演技は、日本アカデミー賞でも評価された。依然として不安は消えないし、役者としての成長を実感することもない。だが、「一滴分くらいの自信をいただきました」と言う。

「今まで自分がやってきたことが、100パーセント間違ってはいなかったとは思えるようになりました」

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