蒸したものしか食いたくない… 冬が旬の「鰻」話(中川淳一郎)

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 今や鰻重といえば、4千円台が当たり前の高級料理ですが、鰻を通じて「○○は好きだけど、地域ごとの○○の調理法によって好きか嫌いかは分かれる」を実感しました。

 関東の鰻は蒸してから焼きますが、関西ではいわゆる「地焼き」が主流で、蒸さずに焼く。水質の良い関西ではわざわざニオイを消すために蒸す必要がない、的な説もあるようですが、過去2回、東京で「地焼き」の鰻を食べて「う~ん、オレは蒸した鰻しか食いたくない」と思いました。というか、「蒸してから食う魚」って少ないでしょ? 鰻って蒸さざるを得ない魚なんじゃないですか? これぞ先人の知恵、と思いました。

 数年前、3800円の地焼きの鰻重をAという店で食べたのですが、かじった瞬間に「えっ……? これってゴム?」と思い、その店には以後行っておりません。しかし、隣の席では若い男性が「故郷の鰻を思い出します」なんて店主に言っています。彼は関西出身の常連で、この鰻が大好きなのでしょう。

 そして先日、4800円の鰻重を食べようとBに行ったのですが、「ウチは地焼きにこだわってます!」みたいな記述がメニューにありました。Aにも一緒に行った同行者は「Aの地焼きがイマイチだっただけで、ここはおいしいんじゃない?」と言います。しかし私はAでの経験がトラウマになっており、4800円を払う大冒険をするにあたっては「鰻重」ではなく「せいろ蒸し」なるメニューを頼むことにしました。「地焼き」だけではかなり硬いのでは……と思ったのですね。店員曰く、「地焼きの鰻をご飯を入れたお重に入れ、蒸すものです」とのこと。

 両方が同タイミングで来て、同行者が「鰻重」をかじった瞬間のあの顔ったら……。途端に顔が曇り、「か、硬い……」と言います。私の「せいろ蒸し」は多少は柔らかかったものの、関東風の鰻重を食べた時の「これって本当に魚?」的にほぐれる感じはありませんでした。

 結果的に我々は「もう関西風の鰻の店に東京で行くのはやめよう」という結論になりました。しかし、関西では定着している食べ方なだけに、鰻好きとしてはまだ諦めたくない。

 蒸さない派の意見も知りたいと思い、質問サイトで関西と関東の中間である名古屋の鰻は蒸すか蒸さないかという質問を見ると、こんな回答がありました。

〈蒸すと皮がフニャフニャになって、ひつまぶしにしても美味しくありません。生から備長炭で焼いたウナギは絶品!!〉

 これを見て、「多分これって好みの問題でしかないんだな」という感想を持つに至りました。実際、自分自身も関西の調理法が全部苦手ではなく、うどんについては自宅では完全に関西の「白だし」を使ったうどんしか作りません。蕎麦でしたら関東風の濃い色のもOKですが、うどんは何があろうとも関西風の薄い色のツユしか受け付けません。

 なお、ここまで「地焼き」がイヤになったのにはBの店の雰囲気も影響しているかもしれません。障子の向こう側の男性客4人が1時間以上、世界各国で買春をした生々しい体験談及び自慢話を各自関西弁で披露し合っているという地獄的状況だったのです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2019年1月24日号掲載

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