“少年A” 酒鬼薔薇聖斗の『絶歌』出版騒動 4千万円印税の使い道

社会週刊新潮 2018年12月27日号掲載

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〈一九九七年六月二十八日。僕は、僕ではなくなった〉

 3年前、人を食った書き出しの『絶歌』を著したのは「酒鬼薔薇聖斗」こと元少年A(36)である。事件から20年が過ぎても内省は窺えず、今も街の片隅で蠢くA。遺族の感情を逆撫でし、巨利を手に魔物は年を越した――。

 事件は97年5月27日、神戸市須磨区にある中学校の校門前で土師(はせ)淳君(享年11)の頭部が発見されたことに端を発する。口に挟まれた手紙には、

〈さあゲームの始まりです〉

 との呼びかけとともに、

〈愚鈍な警察諸君 ボクを止めてみたまえ ボクは殺しが愉快でたまらない〉

 などと、挑発的なメッセージが並んでいた。全国紙デスクが振り返る。

「さらに6月4日、地元の新聞社に2通目の声明文が届きます。そこでは自らを“透明な存在”と称して『ボクはこのゲームに命をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう』『もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ』などと記されていたのです」

 地域に戦慄が走る中、事件は6月28日に急転直下、解決へと向かう。兵庫県警は、頭部が見つかった中学校に通う3年生の少年A(当時14)を、殺人と死体遺棄容疑で逮捕。さらに、2月から続いていた連続少女通り魔事件(1人死亡)への関与も判明した。

「その年の10月、関東医療少年院に収容された彼は、2004年3月に仮退院。翌年1月には本退院が認められ、社会復帰を果たしました」(同)

 それから10年後、自己顕示欲の塊ともいえるおぞましい書物を伴って、Aは忽然と世に現れたのだった。

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