西鉄バスジャック事件 今も被害者に補償という「17歳少年」両親の十字架

国内 社会 週刊新潮 2018年12月27日号掲載

  • ブックマーク

5年4カ月で仮退院

 両親は、その暫定的な賠償金を手持ち資金で、なんとか賄ったという。

 ジャーナリストが続ける。

「ただ、保健師の仕事をしていた母親は、職場での周囲の目を気にして、事件後間もなく、退職。一方、父親は妻と娘を養わなければならないこともあって、農機具販売会社での勤務を続けていましたが、02年春ごろにはその仕事に区切りをつけています。しかし、追加の賠償金を支払っていかなければならず、佐賀市内に持っていた2階建ての一軒家を売り払ったのです」

 両親が被害者への賠償を続ける最中、少年は約5年4カ月の収容期間を経て、京都医療少年院を仮退院した。すでに、22歳だった。

 母、塚本達子さんを殺害された長男の猪一郎さんが語る。

「加害者本人の謝罪としては、少年院を出る日が迫ってきたときに、その担当官が手紙を持ってきたことがありました。担当官からは“これまで、まったく反省の態度がなかったが、来年、仮退院の審査があり、謝罪させたい”“この機を逃さず、更生させたいので、一度会っていただけないか”と言われました」

 しかし、仮退院のための方便にしか受け止められなかったため、面会を拒否。結局、少年とはこれまで一度も顔を合せたことがないという。

「賠償金ということでは加害者の両親から、私の父親ががんで亡くなる前に一旦ケジメをつけようとまとまった額を受け取りました。その後は、我々きょうだい3人に月々1、2万円ずつが銀行に振り込まれてきています。でも、いまでは加害者も両親もどこにいるのかわかりません。相手を恨む気持ちが強くなると立ち直れなくなるので、会いたくもありませんが……」(同)

 被害者、加害者双方の遺族が、重い十字架を背負い続けているのである。

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]