「話せば分かる」のウソホント(中川淳一郎)

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 分かり合えない者同士の議論ほど無駄なことはありません。「話せば分かる」はウソです。「共感できることを補強したい」「理解できないことは論破したい」が真実なのです。

 株式会社ZOZO・コミュニケーションデザイン室長の田端信太郎氏と、生活相談・支援を行うNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏のツイッター上の議論が、AbemaTVでの「公開討論」に発展しました。

 議論の内容をざっくり言うと「ZOZOはカネあるんだから非正規従業員に還元せよ」と藤田氏が田端氏に訴えています。ステレオタイプな見方は、「強者の論理を振りかざす田端氏」VS「弱者に寄り添う藤田氏」です。藤田氏は「時給1300円にしたら評価する」「ZOZOは労働組合を作って」などとツイートしていましたが、蓋を開けてみたら……。結局放送では田端氏の正論を藤田氏がのらりくらりとかわし、最後まで噛み合いませんでした。

 私はといえば、田端氏に近い考えです。しかし、これは「強者の論理」ではなく、「オレの人生、他人に頼ってる場合じゃねーよな」という根本的考えがあることが前提です。そして、「本当にヤバくなったら自治体と国に泣きつこう。日本に生まれて良かった」という考えがその先にあるからです。

 あとは、集団行動が嫌いなんですよね……。時々「最低賃金を1500円にしろ!」みたいなデモがありますが、誰に対してモノを言ってるのかがさっぱり分からない。デモ隊は政治家に対しても意見しますが、政治家よりも雇い主に言った方が手っ取り早いんじゃないですかね。そして、「1500円」がそこまで重要なら、雇い主がそれを認めない職場はさっさと辞め、1500円以上払う会社を見つけるか、時給1500円以上の仕事を自分で作ってしまおうと考える。

 これは私や田端氏からすれば至極合理的な判断なのですが、世の中には「制度として1500円にしなくてはならない」と考える方がいます。すると、そうなっていない会社や制度に文句を言います。冒頭の件では、最近目立っているZOZOだからこそ、藤田氏は狙い撃ちにしたと感じました。時給1300円未満の企業なんていくらでもあるのに、藤田氏は田端氏に執拗に絡んだ。

 この文章を藤田氏が読むことがあれば、反論は色々あるでしょう。ただ、同氏が何を言おうとも多分田端氏も私も理解はできない。人間とはそういうものです。

 だったらこの手のディスコミュニケーションは解決されないのか? それは違うと思っております。「当事者」になることにより、解決されるのです。現在私はとある障害者・Aさんと一緒に密接に仕事をしています。Aさんと一緒に仕事をすることにより、バリアフリーや障害者差別に関する意識が高まり、街を歩いていると常に「Aさんと一緒にここに来られるかな?」という視点に立つようになりました。これは半年前にはなかった視点です。

「意見が異なる者同士、話し合いは困難」は真実ですが、色々経験し「当事者性」を獲得することにより何年後かに分かり合えたりもします。その点、弱者の当事者性を持つ藤田氏は賞賛に値します。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんしゅうきつこ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2018年12月6日号掲載

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