危機意識の欠落が生んだ日米情報戦の敗北――「情報と通信」で読み解く太平洋戦争

ビジネス2018年12月6日掲載

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 今から77年前の12月8日、真珠湾の奇襲攻撃によって太平洋戦争の火蓋が切られた。日本の暗号電報が米国に解読されていたという話はつとに知られた話である。米国の諜報部門は読み取った暗号情報を「マジック情報」と呼び、日本の動向を捉える重要なリソースとしていたが、果たしていかにしてこの情報を取得していたのだろうか。

 すでに戦争の「結果」を知るわれわれからすれば、その4年に亘る戦いがいかに愚かなものだったのか、批評するだけなら容易なことだろう。だが、戦争とは往々にしてそういうものだ。国家の俊英たちが、愚かと知りつつも、また後世からの批判を予見しつつも過ちを犯してしまうのである。それゆえに、戦争に至るプロセスについては、今もなお、さまざまな議論が積み重ねられている。政治、経済、資源政策、官僚組織論、同調圧力……その視点はさまざまなところに求められ、時に現代を理解する一助になることもあるが、人間と技術の関係もまたその一つであろう。

 そこでここでは、通信・情報史家の大野哲弥氏が著した『通信の世紀――情報技術と国家戦略の一五〇年史』を参考に、太平洋戦争を「情報・通信」の視点で振り返ってみよう。

盗まれた暗号

 太平洋戦争開戦時、このころの日本は世界の趨勢に従って機械式暗号を採用していた。機械式で有名なのはドイツのエニグマ暗号であり、この解読にはイギリスの数学者アラン・チューリングらの活躍が伝えられている。しかし日本の場合は同じ機械式ではあったが、より“原始的”な方法で解読されている。『通信の世紀』の一節から引こう。

〈米国は一九三五(昭和一〇)年、ワシントンの海外武官事務所に侵入し、九一式印字機の暗号機構を確認したこともあり、ほぼ九一式印字機を用いた暗号を解読できる状況となっていた。(中略)(日本の)海軍技術研究所は、さらに高度の暗号開発に努め、一九三七年、九七式印字機を完成させた。外務省も同年導入し、九七式欧文印字機または暗号機B型と呼称した。米国側呼称は「パープル暗号」である。〉

 ここに出てくる九一式、九七式印字機とは、皇紀2591(昭和6)年、97(昭和12)年に開発された機械式暗号機のことを指すが、九一式については解読以前の“侵入”という手法で盗み取られていたのである。ちなみに機械式暗号の仕組みを簡単に示しておくと、まず原文を指定されたコードブックに従って手作業で暗号化し(1次暗号)、さらに、それを暗号機に入力して出てきたもの(2次暗号)が実際に用いられる暗号である。元の文章に戻す際はこれと逆の作業を行うのだが、コードブックは複数あり、指定のものを用いなければもちろん原文には戻らない。しかし、そのコードブックが“敵”の手に渡ってしまうとどうなるだろう。

〈(米国の陸軍通信情報部・SISは)一九四〇年八月に暗号機B型と同じ機能を持つ模造機の制作に成功した。しかも米国はその前年の一九三九年には、ニューヨークの日本総領事館に侵入し、コードブックを書き写していた。〉

 九一式よりさらに複雑な機構を誇った九七式も米軍解読機関は模造機の制作に成功しており、その上での最後の砦、コードブックの窃取である。これでは戦争を始める1年以上も前から、すでに日本の暗号システムは丸裸である。にもかかわらず新たな暗号機を最高技術の結晶と信じて疑わなかった日本は次のような過ちを犯している。
  
〈大島浩駐独大使から、機密情報が米国に漏洩しているとの報告が外務本省に寄せられた。大島大使は(1941年)五月三日付で、在米ドイツ大使館からの情報として米国国務省が日本の暗号を解読している旨を東京に打電したのである。〉

 また、在米大使館側からも、

〈野村(吉三郎・駐米)大使は松岡(洋右)外相に、いずれかの暗号の一部が解読されている旨を打電した。〉

 外務本省はこれら在外公館からもたらされる情報にも有効な対策を講じようとはせず、それどころか暗号を過信するあまり、情報漏洩は“内部犯”の仕業と、在外公館員に疑惑の目を向けてしまったのである。すなわち、外務本省は重要な電報の暗号解読やタイプライター業務を大使館の電信係員や本来のタイピストから書記官、参事官へと振り向けるよう指示したのである。そしてこのことが後の一大事へと繋がってゆくのである。

 ちなみに早くから情報漏洩を指摘した大島浩駐独大使だが、戦後、次のようなことが明らかになっている。

〈大島は、一九四一年から一九四五年の五年間で約一五〇〇通を外務本省に打電している。戦後、米国のジョージ・C・マーシャル陸軍参謀総長が明かしたところによると、第二次世界大戦における最も重要な情報源の一つは、大島がベルリンから日本政府に打った電報であった。大島は、リッベントロップ独外相と親密な関係にあり、ベルリンで得た情報を詳細に外務本省に報告していた。この報告を米英両国が傍受し、独ソ戦の状況、ドイツの弾薬生産能力、フランス海岸の防御体制、ドイツ国内の動静など、貴重な情報を大島から得ていたのである。〉

 また、暗号解読は外務本省ばかりではなく、海軍もまたその対象となり、本土空襲の足掛かりとなったミッドウェイ海戦敗北の要因となっている。

〈海軍の暗合も一九四二年に入ると徐々に米軍に解読されるようになっていった。ミッドウェイ海戦では、暗号解読が決め手となり、日本海軍の航空母艦四隻が撃沈された。この時、米海軍の暗合解読担当者が、日本海軍が用いる「AF」という符合の場所が、ミッドウェイを示していることを証明するため、ミッドウェイ島から、暗号処理をほどこさない平文の無線電報で「真水製造機が故障している」と偽情報を打電させたことが知られている。これを傍受した日本軍が「AFで真水が不足している」と打電したことにより、米海軍上層部も納得したという。この時、ハワイからミッドウェイに平文で打電するように伝えたのは、一九〇六年に開通した太平洋ケーブルであった。米軍は傍受されない有線と傍受される無線を使い分けたのである。〉

 現場から挙げられる声とそれを理解しない中央。自らの技術を過信するあまりに起こった視野狭窄と内部に対する疑心暗鬼――。以上に挙げた防諜の瑕疵の数々は、すでに知られた“歴史的事実”だが、テクノロジーが日々更新され、処理しきれないほどの情報があふれかえる身の回りを見ると、どうしようもなく近似した世界が展開しているように思えてならないが、どうだろう。もちろん安易に現代と重ねあわせることは避けたいところではあるが……。

 次回、第2部では、ここで挙げた数々の問題点が引き起こした“顛末”であり、日米開戦の“端緒”となった出来事、すなわち「日米開戦通告遅延」の問題を新たな視点で解析する。それは日米開戦77年目にして明らかになる衝撃の新事実でもある。(以上 第1部)

デイリー新潮編集部