スパイダーマン生みの親 アメコミ巨匠「スタン・リー」さん逝去(墓碑銘)

エンタメ週刊新潮 2018年11月29日号掲載

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 スーパーヒーローだって悩むのだ――。その発想力で数々のキャラクターを世に生み出したスタン・リーさん。週刊新潮のコラム「墓碑銘」から、その功績を振り返る。

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 スパイダーマン、ハルク、X―メン、アイアンマンといった、日本でもおなじみのスーパーヒーローを次々に創作して、アメリカン・コミックの巨匠と称されたのが、スタン・リーさんだ。

 完全無欠のスーパーマンとは様子が違うヒーローだ。例えば、スパイダーマンは内気な高校生。特殊なクモにかまれたことで、壁に張りついて移動したり糸を出す能力を突然持ってしまう。

 1960年代からリーさんを取材してきた、漫画・映画評論家の小野耕世さんは振り返る。

「スパイダーマンでは、デートの約束を取りつけたのに悪との対決でそれどころではなくなってしまったりと日常生活で生じる不都合をきちんと描いていました。大いなる力を使うには大いなる責任が伴うと痛感する。アイデンティティに悩んだあげく、精神分析医を訪ねるシーンもありました。他の作品でもヒーローが抱える苦悩や葛藤を、日常生活を交えながら表現しました。非常にリアリティがあり読者は身近な共感をおぼえたのです。アメリカのヒーロー像を変えた革命者ですね」

 22年、ニューヨーク生まれ。ルーマニア出身のユダヤ系移民だった。親戚が経営する漫画出版社で39年から働き始めた。この会社が後にマーベル・コミックスに発展する。社の方針に従いホラーやSFなど若者向けに様々なストーリーを書いたものの、20年以上を経ても作品に満足できない。自由にキャラクターを書いては、という妻の助言で生まれたのが、61年の「ファンタスティック・フォー」だ。

 この4人組のヒーローは内輪もめが絶えず、家賃にも困っているという設定。現実の世界にヒーローがいたら、という発想が斬新で大反響を呼んだ。そしてほどなくスパイダーマンで人気を確立する。

 アメリカ文化に詳しい明治大学名誉教授の越智道雄さんは言う。

「学生運動や公民権運動、ベトナム戦争といった時事的な関心事も無理なく取り込んでいました。偏見を持つことがいかに恐ろしいかを、X―メンのように漫画という娯楽の中でしっかり伝えている作品もあります」

 リーさんは画を描かない。原作、時には設定だけを書き、それをもとに漫画家が描く。リーさんは画に触発されてセリフを膨らませ、物語性が増していく手法だ。

「登場人物の喋り方に味があり、性格や抱えているものが伝わってくる。リーさんを取材していつも感じたのは会話が上手ということでした。相手の気持ちをそらさずわかりやすく話す。講演もうまい。幼い頃から読書好きでそばに文字があれば何でも読まずにはいられないと言っていました。こうして培った語彙の豊かさや言語感覚が自身や登場人物の会話に活かされていたのです」(小野さん)

 80年代以降、作品のアニメ化や実写映画化で製作総指揮などを務めた。

「ヒーローたちが協力して戦う『アベンジャーズ』では、ヒーロー同士の会話がやっぱり面白い。実写映画にリーさんはちょっとだけ出演するのですが、若い頃役者を志したこともあったせいか、印象的でした」(小野さん)

 しばしば来日。手塚治虫や松本零士を評価していた。長濱博史監督とともに原作を担当、テレビアニメ「ザ・リフレクション」を作り、昨年、NHKで放送されるなど活躍を続けた。12月には東京コミックコンベンションに出席し、壇上で元気な姿を見せた。

 11月12日、ロサンゼルスの自宅から搬送された病院で95歳で亡くなった。

 リーさんは現在日本で公開中の「ヴェノム」でも顔を見せている。来年春にアメリカで公開予定の「アベンジャーズ4」への出演シーンも撮影済み。ファンを大切にしていた証だろう。