NHK「原爆番組」は放送法違反だ

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 近年、テレビ番組の「偏向」が話題になることが多い。これをチェックしようとする「放送法遵守を求める視聴者の会」の活動も注目を集めている。

 どちらかといえば、現在の政治に関連した「偏向」が指摘されることが多いが、歴史に関するものでも、放送法違反が疑わしいものがある。『原爆 私たちは何も知らなかった』等の著作がある有馬哲夫・早稲田大学教授は、NHKの制作する原爆関連番組の内容に強い憤りを感じるという。以下は、有馬氏の特別寄稿である。

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放送法違反モノのドキュメンタリー

 毎年夏になれば戦争関連のドキュメンタリー番組が放送される。その中には良質なものもあれば、悪質なものもある。

 この夏、私が「またか」と呆れてしまったのはNHK‐BS1が8月12日に放送した「BS1スペシャル▽“悪魔の兵器”はこうして誕生した~原爆 科学者たちの心の闇」だ。日本への原爆投下をテーマにしたこの番組は、放送法違反レベルのものだと言わざるをえない。具体的には放送法第4条「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」に明らかに違反している。簡単に言えば、完全にアメリカ側の原爆投下を正当化する見方に則った内容なのだ。

 実はNHKにはこの分野ではすでに「前科」がある。2016年放送のNHKスペシャル「決断なき原爆投下 米大統領 71年目の真実」(以下「決断なき」)がそれだ。

 この番組では、ハリー・S・トルーマンが大統領に昇格したばかりで原爆のことをよく知らないことに付け込んで、当時の「軍部が独走して」広島・長崎に原爆を投下した、トルーマンは「女子供に原爆を使うな」と命令した慈悲深い大統領だったと主張していた。

 これはまったく「真実」ではない。実際には、原爆と原子力利用について大統領に諮問する暫定委員会という組織が当時、アメリカには存在していた。そして、軍部も科学者たちも大勢は、広島、長崎のように一般市民が住む都市に、警告もなく投下することに反対をしていたのだ。これは数多くの公文書などに記録として残っている。こうしたプロセスについては、拙著(『原爆 私たちは何も知らなかった』)で詳述した。

 簡単に言えば、トルーマン大統領とその側近が原爆を大量殺戮兵器として使用することを決断した「主犯」であることは、動かしようのない事実だ。ところが、NHKはどういう意図があるのか、「決断なき」において、あたかも大統領に慈悲の心があったかのように描いていた。

 こうした問題点について、これまでも私は論文や著書(『こうして歴史問題は捏造される』)で度々指摘してきた。そうした批判を受けてか、今年の「悪魔の兵器」では、暫定委員会の存在については触れている。その点は多少の進歩と言えるかもしれないが、それなら2年前の放送を正式にお詫びして訂正すべきではないか。

「賛成派」「仕方なかった派」ばかりを紹介

 さて、「悪魔の兵器」の問題点である。この番組では、大量殺戮兵器としての原爆使用「賛成派」2人と「仕方なかった派」1人の科学者を大きくクローズアップしている。

 2人のうちの1人、原爆開発の現場にいた科学者のトップにいたロバート・オッペンハイマーからは、「世界はこれ(広島でパターンとなった原爆使用)が人間と国家と文化の間にゆっくりとだが根本的な変化をもたらすことをこれまでにないほどよく理解するだろう」という肯定的言葉を引き出している。

 もう一人の暫定委員会の委員で大統領の科学顧問だったヴァネヴァー・ブッシュには、もっとはっきりと「原爆は結局世に出るものだった。それが劇的にあらわれただけだ」と言わしめている。

 罪深いのは、フランクリン・ルーズヴェルト大統領に原子力研究を勧めたレオ・シラードを「仕方がなかった派」に入れていることだ。その証拠に、番組の最後でシラードの伝記作家ウィリアム・ラヌエットに「(シラードは)原爆を作るという間違った賭けをしたと自覚していたが、その選択は仕方がなかった」と締めくくらせている。

 シラードにとって問題だったのは、原爆を作ったことではなく、それをどう使用するか、だった。実際、彼は(番組でも申し訳程度に触れているように)他の多くの科学者と共に日本への実戦使用に反対していた。シラードが存命ならかなり激しい抗議文をNHKに送ったことだろう。

 この番組の制作者は、「尺をかせぐために」これら3人だけでなく、彼らの周囲にいた、多少批判的ではあっても原爆の殺戮兵器としての使用を肯定する、あるいはそれを仕方のない選択だと思っている多数の科学者たちのとりとめもないおしゃべりも長々と垂れ流している。

 その一方で、ジョセフ・ロトブラット(のちにノーベル平和賞を受ける)など、ドイツが原爆を完成する見込みはないと知り、もはや原爆を作る必要はなくなったとして、マンハッタン計画から去った「離脱派」はまったく話に出てこない。そのまま残ったものの、日本に原爆を実戦使用すべきでないと政権に訴えた科学者は、シカゴの冶金研究所を中心に数十名もいたのに、番組には一人も登場しない。

 なぜ「賛成派」ないし「仕方なかった派」だけを番組に取り上げるのだろうか。こうした「賛成派」「仕方なかった派」の主張の背景に潜むのは「広島や長崎にしたような原爆の実戦使用は戦争終結のためにはやむをえなかった。結果として多くの人が救われたのだ」という戦後アメリカが採用してきた公式見解だろう。

 この公式見解を正しいとすれば、原爆の実戦使用を強く否定する主張があったという事実は望ましくない。だからこそ、この番組は科学者の大多数が実戦使用に反対だったし、暫定委員会の委員や軍人の多くも、大量殺戮兵器としての使用には反対していたという事実には目を瞑るのだ。

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